午前2時。わたしが自宅の玄関を開けたその時、中から駆けるような足音が聞こえた。


「名前!」

「し、晋助、帰ってたの?」



今何時だと思ってんだ、とか、どこにいたんだ、とか、何で連絡しなかったのか、とか、とにかくいろいろと矢継ぎ早に聞かれて、とりあえずどの問いから答えるか悩む。というか、何故今ここに晋助がいるんだ。出張に行って帰るのは明日だと聞いていた筈だが。



「なんか、うん、とりあえずごめん。会社の飲み会だったの。連絡しなかったのは、携帯の充電切れちゃったからで、ごめんね?」

「…心配した」

「うん、ごめん」



ため息をつきながらわたしを抱きしめる晋助に、ここが玄関だとかまだ靴をはいてるだとか、とりあえずそんなことは後だと判断する。まずはこのいい年した大きな子どもの機嫌を回復させることが先決だ。



「ね、晋助、いつ帰ってきたの?」

「9時」

「晩ご飯は?」

「食ってねェ」

「お腹空いてない? 何か作ろうか?」

「いらねェ」

「でも、」

「今からお前食うから」

「え、」

「明日仕事休みなんだろ」

「そ、そうだけど、わたし疲れて、」

「溜まってんだよ。何日会ってねェと思ってんだ」



たったの3日だよ、なんて言える訳もなく、抱き抱えられ靴を脱がされ、そのまま寝室へと運ばれる。真っ暗な寝室の、真っ白なシーツにそっと寝かされて、熱い吐息がわたしの首筋を擽る。長い前髪と眼帯の奥に潜んでいる左目の瞼が空気に晒され、わたしだけしか知らない彼に胸がきゅっと締め付けられる。




「なァ、名前」

「ん?」

「俺たち、付き合って何年だ」

「え、あっ、今日…!」

「そろそろ、いい頃だと思わねェか」

「えっ…?」

「結婚、しよう」




今、確かに晋助は、結婚しようと、言った。鼻と鼻が掠れるくらい近い距離なんだ、聞き間違える訳、ない。




「ほん、き?」

「冗談でこんなこと言うかよ」

「そ、だよね。ごめん、」

「なァ、返事は?」




いつも自信溢れる切れ長の右目の目尻を、不安げに下げている晋助。なんだか可愛くて愛おしくて、目頭が熱くなる。



「結婚、したい。晋助と、結婚したい…!」



溢れる涙が止まらなくて、でもその一粒も逃さず拾ってくれる彼と、この先も一生一緒に生きていきたいと、そう思った。




唇から伝染する
あなたの思い、わたしの恋

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