「寒い寒い寒い」 夏が過ぎ、季節は秋。日中はまだ夏の名残の暑さだが、日が暮れると肌を刺す冷たい風が吹き付ける。そんな中、わたしが骨格を震わせているのには大きなワケがある。 放課後、午後6時。わたしは部活を終え校舎を歩いていた。職員室に部室の鍵を返すために。そんな矢先。 「ねぇ、苗字さん、ちょっとわたしたちと一緒に来てもらえるかしら?」 5人の女子に囲まれ、無理やり引きずられるように屋上へと連れて行かれた。 これはヤバい… 何度か同じような状況に陥ったことはあるが、今回はいつもよりヤバい。いつもは複数人の女子対わたしだが、今回はそれにプラスして複数人の男子がわたしを見下ろしながらにやにやとわらっている。 「ねぇ苗字さん。いつもわたしたちが親切に忠告してあげてたのに、素直に聞かないから。ちょーっとお仕置き、しなきゃねぇ」 きゃはははは、甲高い声とともに頭上でひっくり返ったバケツ。あー、戻ってよ、水。バシャーン。 「覆水盆に還らず、か」 「はぁ? 何こいつ意味わかんない」 「苗字さんってさぁ、結構美人だよねー。食べちゃいたい」 「ビショビショだねー、下着、透けてるよ」 「いや、触らないで!」 すっと頬を撫でられて、鳥肌というよりも鮫肌がたった。いやだいやだ、触らないで。後ろ手で縛られて抵抗できない。助けて、助けて、晋助… 「へぇ、いい身体してんじゃん」 「いやだいやだ、触らないで、いやぁぁ…」 涙があふれて止まらない。凝視され、濡れた制服の上からいたるところを撫でられ、揉まれ。人生とまってしまえと願った。 「泣いてるのもかわいいねぇ」 「もう、いやだぁ…!」 悔しい、いつも口で言い負かす相手に、いざ行動を起こされると何も反撃できない。悔しい。涙なんて見せたくなかった、こんな状況自分の力でどうにかしたかった。自分の身体を這う知らない男の手つきと、抵抗できない自分の無力さに反吐が出そうだ。 突然、地響きにも似た破壊音に包まれた。あれ、なんで屋上のドアがわたしの横の壁に突き刺さってるの。 「てめェら、死ぬ覚悟はできてんだろォなあ?」 鋭い隻眼が、彼らを射る。普段から悪い目付きが、5倍くらい威力を増している。片目だけで人を殺せるんじゃないか。 「3秒でうせろ。出来なけりゃ殺す」 「ひ、ひいいいいいい」 「覚えてろよ、今は帰してやるが、必ずシメてやるからな」 敵さんみんなが逃げるように屋上から去り、残されたのはわたしと晋助だけ。 「遅いよ、ばかぁ」 「悪ィ…」 ほんとはありがとうって、助けに来てくれてありがとうって言いたいのに、憎まれ口ばかり叩いてしまう。それでも、強く強く抱きしめてくれる晋助に甘えて、晋助の胸で思いっきり泣いた。 「目ェ、腫れてる」 「…ん」 「ほら、これ羽織れ」 「…ん」 「立てるか」 「…無理」 「背負ってやっから乗れ」 「晋助、」 「なんだ」 「好き」 「え」 「好き、大好き」 「お、おう」 「今まで、気付かなかったの、この気持ちが恋だって。でもね、あのとき、一番に晋助のこと思い出して、誰よりも晋助に助けて欲しいって思ったの。そしたらね、ほんとに来てくれた。凄く嬉しかったの、凄く。大好きだな、って、思った、の、ううっ、うあぁ…」 「もう泣くんじゃねーよ。俺はお前の彼氏だ。助けるのは当然だろ。ほら、もう泣くな。」 晋助の背中は大きくて、あったかくて、この人を好きになれてよかったなと思った。そして、この人に好きだと思ってもらえて本当によかったなと思えた。歩く振動と晋助の鼓動が心地よくて、さっきのことなんてすっかり忘れて、わたしは幸せな気持ちでいっぱいになった。 「寒い、寒い寒い寒い」 「あァ? もう少し我慢しろ。とりあえず銀八んとこ連れてくから」 「遠いー! 寒いー!」 「うっせーな、俺の学ラン羽織ってんだろォが!」 「わたしは全身びしょ濡れなの、学ランじゃ足りない」 「急に素直になったと思ったら…、随分と我儘だな」 「嫌い? わたし、本当はすっごく寂しがりで我儘でめんどくさい女なんだよ。いつもは強がってるだけで本当はずっと弱虫なんだよ。…こんなわたしは嫌い?」 「はっ、上等だ」 「えへへっ」 紫がかった綺麗な髪に頬を寄せて、まぶたを閉じた。 ツンデレ彼女 翌日 「お前、俺はメロンパン買ってこいって…!」 「なかったの。ひとつしか」 「じゃあそのひとつは 「わたしがメロンパン食べたかったからわたしのものとして買ったわ。朝起きてからずーっとメロンパンが食べたいなと思ってたのよ。だからちょうど晋助にも頼まれたしと思って購買に行ったら最後の一つだったの。晋助もメロンパンがいいって言ってたけどわたしもメロンパンが良かったし、ここは買いに行った人のものっていうことでいいかなって。で、何か問題でも?」 |