生徒が夏休みだからと言って、教師も同じように休めるかというと、全くそうではない。教師は夏休みも忙しい。特に、3年生の授業を受け持つ先生や、部活の顧問の先生は尚更だ。 わたしは3年生の授業も受け持っていないし、部活も夏休みの活動は個人にまかせてあるからそんなに忙しくはない。だが、盆休み前に一度社会科準備室を片づけておきたかった。 あの一件以来、晋助には会っていない。学校には来ているようだが、まあわたしが避けているのだ。あからさまに。この部屋にも、あの日以来来ていない。 なんだか急に静かになったこの部屋。埃っぽくて、古い本の匂いがして、高校生の頃大好きだった母校の図書館を思わせる。 コンコン、と控えめなノックのすぐ後に、聞き覚えのある声がした。 「おーい、名前、いるかー」 「銀時? どうぞー」 部屋に入ってきた銀時は、なんだか複雑そうな顔をしていた。今回の一件について、晋助から聞いたのだろうか。 「どうしたの、珍しいじゃない。銀時先生がわざわざこんなところまで来るなんて。コーヒー、飲む?」 「あー、飲む」 「で、用件は?」 「いや、この前のこと、大丈夫かなーと思ってさ」 「ああ、ごめんね。銀時には迷惑かけちゃった」 「なあ、名前。俺はさ、昔から高杉のこと嫌ェだったけど、お前と別れてからのアイツは、なんつーか、ホント抜け殻っつーか…。お前と付き合ってる頃は散々女遊びして浮気して、正直早く別れちまえと思ってたよ」 コーヒーメーカーの抽出音と、銀時の声。それ以外に、音はない。 「でもな、お前と別れてから、アイツ、誰とも付き合ってねぇし、女遊びも一切してねぇんだ。高杉の肩持ちたいわけじゃねぇんだけど、その、なんつーか…」 「ねぇ、銀時。わたしね、もう裏切られるの、嫌なの。昔と違って、結婚とかも、考えるし…。わたしね、多分もう晋助のこと、純粋に信じられないと思う。好きだけど、信じられない。そんな相手と、将来を描ける自信がないよ」 「名前…」 「ありがとう、心配してくれて。はい、コーヒー」 「ああ、悪ぃ」 それからしばらく、無言が続いた。アイスコーヒーのグラスに水滴が溢れて、コースターを濡らしていく。先ほどの銀時の話を改めて咀嚼するように思い出す。 カラン、とグラスの中の氷が揺れた、そのとき、わたしの中の何かが崩れた。ほろほろと、涙が落ちて、止まらなくて。ああ、今年の夏も、泣いてばかりだ。突然泣き始めたわたしに驚いた銀時は慌てふためいている。なんだか面白くて、泣きながら、笑った。 「はは、ごめん、突然泣いちゃって」 「いやまじビビるから!」 「うん、ごめん。なんかさ、笑えるよね。まだ好きなのに、過去にとらわれて先へ進めないの。怖くて仕方ないの」 「名前…」 「あれだけ裏切られてもまだ好きだなんて、ホントわたし、どうかしてる」 もっとわたしが可愛くて綺麗で器量のある貞淑な女だったら、晋助は浮気なんてしないのだろうか。そんなことはいくら考えてもわからないけど、それよりも、浮気ばかりするくせにわたしを求める晋助の真理の方がわからない。切り捨ててくれたら、どんなに楽だろう。 |