自傷行為にもいろいろあるが、わたしには痛みを伴うそれらをする勇気がなかった。だから、煙草を吸った。 晋助の浮気癖は昔からで、それでも必ずわたしのところに戻ってくるから、それでいいやって思ってた。怒って泣いて謝られて、そして自己嫌悪。その度に、隠れて煙草を吸って、吐いて、また泣いて、見つかって。もうしないから、絶対しないからって。そうしてずるずると月日は経ち、大学3年生の夏、ある事件が起こった。 「あなたが苗字名前さん?」 それはもう暑くて、カラッと晴れた8月の初旬。前期試験の全ての日程を終えたある日。あの女がわたしの前に現れた。 「そうです、けど…」 「ああ、ごめんなさい。わたし、英文科4年の須藤マキ。よろしくね」 「はあ…」 「突然だけど、あなた、晋助とつき合ってるの?」 「え…、あっ、はい、まあ」 「そう、あなたが晋助の本命なわけね」 「あの、わたしに何か用なら、早めに終わらせてもらえますか。わたしこれからバイトなので…」 「ああ、ごめんなさい。じゃあ単刀直入に言うわ。わたしね、妊娠したの、晋助との子ども。晋助、電話しても繋がらないし、学内でも見つけられないから、あなたから伝えて欲しいんだけど、頼めるかしら?」 頭を鈍器で殴られたような、そんな感じだった。女はもういない。わたしもバイトに行かなきゃ。そう思っても、身体が動かない。なんで、なんで。 手が震え始めて、目頭がジンと痛くなってきた。やばい、やばい。今にも叫び出しそうになったとき、ずっと好きだったアーティストの新曲のサビが聞こえて、はっとした。この着信は、晋助だ。 震える手のひらで携帯を開く。 「もしもし」 「ああ、5限休講になったんだ。今からバイトだろ? 送る」 「うん…」 「どこに居るんだ?」 「B棟、」 「あーじゃあすぐ着く。正面の入り口で待ってろ」 「ねえ、晋助」 「なんだよ」 「須藤マキさんっていう人に会ったよ」 「…は、」 「それで、伝言頼まれた」 「伝言…?」 「妊娠したんだって、晋助との子ども」 「オイ、んだそれ、どういう、」 「知らない、自分で聞いて」 「名前、」 「また浮気、してたんだね」 「ちょっと待て、ちゃんと話すから、」 「もういい。もういいよ」 「なあ名前」 「わかってる、妊娠したっていうのはどうせあの女の嘘だって、わかってる。わかってるから…」 バタバタと足音が聞こえたかと思うと、そこには息を切らした晋助がいた。ああ、わたし、もうこの人のこと、一生信じられないんだろうな。ふと、そんなことを思った。 |