06



自傷行為にもいろいろあるが、わたしには痛みを伴うそれらをする勇気がなかった。だから、煙草を吸った。



晋助の浮気癖は昔からで、それでも必ずわたしのところに戻ってくるから、それでいいやって思ってた。怒って泣いて謝られて、そして自己嫌悪。その度に、隠れて煙草を吸って、吐いて、また泣いて、見つかって。もうしないから、絶対しないからって。そうしてずるずると月日は経ち、大学3年生の夏、ある事件が起こった。




「あなたが苗字名前さん?」

それはもう暑くて、カラッと晴れた8月の初旬。前期試験の全ての日程を終えたある日。あの女がわたしの前に現れた。



「そうです、けど…」

「ああ、ごめんなさい。わたし、英文科4年の須藤マキ。よろしくね」

「はあ…」

「突然だけど、あなた、晋助とつき合ってるの?」

「え…、あっ、はい、まあ」

「そう、あなたが晋助の本命なわけね」

「あの、わたしに何か用なら、早めに終わらせてもらえますか。わたしこれからバイトなので…」

「ああ、ごめんなさい。じゃあ単刀直入に言うわ。わたしね、妊娠したの、晋助との子ども。晋助、電話しても繋がらないし、学内でも見つけられないから、あなたから伝えて欲しいんだけど、頼めるかしら?」




頭を鈍器で殴られたような、そんな感じだった。女はもういない。わたしもバイトに行かなきゃ。そう思っても、身体が動かない。なんで、なんで。


手が震え始めて、目頭がジンと痛くなってきた。やばい、やばい。今にも叫び出しそうになったとき、ずっと好きだったアーティストの新曲のサビが聞こえて、はっとした。この着信は、晋助だ。

震える手のひらで携帯を開く。



「もしもし」

「ああ、5限休講になったんだ。今からバイトだろ? 送る」

「うん…」

「どこに居るんだ?」

「B棟、」

「あーじゃあすぐ着く。正面の入り口で待ってろ」

「ねえ、晋助」

「なんだよ」

「須藤マキさんっていう人に会ったよ」

「…は、」

「それで、伝言頼まれた」

「伝言…?」

「妊娠したんだって、晋助との子ども」

「オイ、んだそれ、どういう、」

「知らない、自分で聞いて」

「名前、」

「また浮気、してたんだね」

「ちょっと待て、ちゃんと話すから、」

「もういい。もういいよ」

「なあ名前」

「わかってる、妊娠したっていうのはどうせあの女の嘘だって、わかってる。わかってるから…」




バタバタと足音が聞こえたかと思うと、そこには息を切らした晋助がいた。ああ、わたし、もうこの人のこと、一生信じられないんだろうな。ふと、そんなことを思った。



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