生徒たちは期末テストを乗り越えて、夏休みに突入した。だが高校3年生は、そう甘くはない。今日から、夏休み特別受験対策講座だ。 わたしが普段メインで教えているのは2年生なのだが、このクソ暑い中、教師は多いにこしたことはないということで駆り出されている。 「大変だな、夏休みまで勉強勉強」 「わたしたちもそうだったじゃない、高杉くん」 「きもちわりー呼び方すんな」 「気持ち悪いとは失礼ね」 もちろん、保健医も否応なしに参加しなければならない。根を詰めすぎて疲労や栄養不足、熱中症で倒れてしまう生徒がいるからだ。 「なんか、懐かしいな」 「んー?」 「あの頃、俺たちも同じ大学行くために必死だったろ」 「ああ、わたしはそんなに必死じゃなかったけどね。晋助は不良くんだったから、大変だったでしょう」 「お前だって数学ボロボロだったろ」 この高校に赴任してきて、季節はいつの間にか夏に移り変わっていた。それとともに、過去のことを振り返ることが多くなってしまった。 「なァ、名前」 「なあに」 「俺はあの夏を取り戻したい」 「馬鹿言わないで頂戴。"時間は戻りません。だから今、出来る限りの努力をすること"って、さっき生徒に言ってきたわ」 「違いねェな」 「そろそろ戻るわ。コーヒー、ありがと」 「あァ」 冷房の効いた保健室を出ると、蒸し暑い空気がジワリと汗を滲ませた。自分から保健室に足を向ける程には、わたしは彼を許したらしい。かといって、あの頃のわたしに戻れる気は、しない。それでも、昔はしなかった表情を見つける度胸が苦しくなるわたしは、多分一生、彼から離れられないのだろう。その矛盾が、わたしの弱さを顕著に表している。 そして、ゲリラ豪雨のように、悪魔は突然やってくる。 |