ジュボッ、とフィルターが燃える音がして、同時に、オイルの匂いが鼻を擽った。今日で受験対策講座が終わって、ほっと一息つこうと思った矢先だった。昔、晋助とつきあってる頃、大学3年生の、夏、晋助のことでいろいろあった女が、連絡を寄越してきた。職場の上司と、結婚、するんだと。 イライラして頭に血が上ってしまったわたしは、銀時から煙草をかっさらって今は使われていない旧校舎の陰で3本目の煙草に火を着けたところである。 「ハァー、不味い…」 久々に吸うセブンスターはキツかった。頭がふわふわして立っていられなくなって、壁に凭れながら膝をついた。ああ、やっぱりわたしは晋助のことが好きなんだ。悔しい、つらい、情けない。グラグラと揺れる脳内と、視界。 「…おい!」 冷や汗がこめかみを伝ったそのとき、意識の向こう側から晋助の声がした。末期だ、こんなときに幻聴で晋助の声が聞こえるなんて、わたしはどんだけ未練がましいのか。末期だ。そんなことを思っているとわたしを呼ぶ声が近づいてきて、ついには肩を力強く掴まれた。 「しん、」 「大丈夫か? 顔色悪い…。吐き気は?」 「すごく…」 「とりあえず、保健室行くぞ。立てるか?」 「ん…」 晋助に支えられ保健室に着いたわたしは、ソファに深く腰掛けた。クーラーが効いていて心地いい。 「銀時から聞いた。お前に煙草盗られたって」 「そう…」 「お前、それまだ治ってなかったんだな」 「ん…」 「とりあえずホラ、水」 「ありがとう」 「汗は引いたか。寒気は?」 「もう大丈夫、だけど、」 「なんだ?」 「クラクラして、身体に力入らない…。横になっても、いい?」 「ああ」 グラウンドからは運動部のかけ声が木霊し、白い保健室が橙に染まる時刻。わたしを横抱きにしてソファからベッドへ移してくれた晋助の顔は、なんとも複雑な顔をしていた。 「何があった」 ベッドに横になったわたしの前髪を優しくときながら、眉根を顰めた彼。なんだか昔に戻ったみたいな、甘くて切ない、そんな気持ち。 「くだらないことよ。本当に。ほら、受験対策講座、あれで案外疲れちゃって。」 「なァ、どうしようもなくなったら煙草吸うの、そろそろやめろ。吸った後こうなるのも昔から変わらねェだろ。」 「うん…」 「少しは周りに頼れ」 「うん…」 「心臓に悪ィんだよ…」 「ごめん…」 「とりあえず、少し休め。帰りは送ってやる」 「うん、ありがとう」 「ああ」 「ねぇ、晋助」 「なんだ?」 「初めて、わたしが煙草を吸った日も、夏だったね」 「…ああ」 「高校生の頃、3年生だったっけ」 「そう、だな」 「あのときは、確か晋助が浮気して、わたしが怒って」 「ああ…」 「…原因は晋助なんだよ。だから、晋助がやめさせてよ」 「名前、」 「責任、とって。わたしをこんなにした責任、とって」 「名前」 「どうしたらいいのか、わかんないよ…!」 電話越しのあの女の台詞が、蘇る。 (あなた、まだ晋助のこと好きなの? 一途なのはいいことだけど、随分と可哀想な女ね。晋助はあなた一人で満足するような男じゃないってこと、あなたが一番わかってるだろうに) わたしはひたすらに泣いた。 思えば、わたしはどの夏も、泣いていた気がする。 |