03



わたしは大学3年生まで、高校教師になるつもりはなかった。本当は、大学院に行きたいと思っていた。




「よォ、苗字先生」

「高杉先生…」

「ホント、埃っぽいな、ここ」

「嫌なら出てってください」

「んな連れねェこと言うなよ」

「…何しに来たの」



本当は大学院に行って、どこかの大学の講師になって研究を続けたいと思っていた。教職課程を履修したのは、本当になんとなく、もしものため、って感じで。じゃあ何で、今、高校教師をしているのかというと、




「昨日、久しぶりに松陽先生に会ったんだ」

「…」

「元気そうだったよ」

「そう」




松陽先生。彼の恩師。わたしは二度、その方に会ったことがある。彼と、付き合っていた頃に一度、そして、別れた後に一度、だ。

彼が尊敬してやまないその松陽先生は、本当に凄い人だった。晋助が教師になりたい理由も、容易に理解できた。二度目に会ったとき、不思議と"わたしも教師になりたい"、そう思っていた。


でも、これはひとつの理由。
もうひとつ、大きな理由がある。





「なァ、名前」

「なに」

「なんで高校教師になったんだ?」

「なんでだろうね」

「あれだけ大学院に行きたいって言ってたクセによォ」

「いいでしょ、なんでも」

「なァ、もしかして、」



勝手にわたしのコーヒーメーカーを使ってコーヒーを作り、いつの間に持ってきたのか知らないが自分用のマグカップにそれを注ぐ。そんな動作をしながら、口角をあげる彼に、わたしは嫌な予感しかしない。



「教師になったら、いつか俺に会えると思った、とか」

「そんなわけないでしょ。あり得ない。大体わたしが教師になったのは、もともと教職課程を履修してたからだし、ゼミの教授に勧められたからだし、それに!」

「図星か。クク、お前は図星突かれるといつも饒舌になるな」

「だから違うってば!」

「はいはい」

「もう! 本当に違うんだからね!」






夏真っ盛り。生徒は、真白なシャツの胸元を摘んで風を起こしながら、ぐだぐだ文句を吐く。「名前先生ブラ透けてる!」「えっ嘘!?」「嘘!」なんて茶化されることも。ああ、高校教師になってよかった。本当にそう思う。



いつか会えるかも、というささやかな期待。今こうやって、実際に会えたという、現実。思いは叶っても、簡単に素直になれる年齢は、とうに過ぎているのだ。

いつの間にかあの頃のように、軽い口調で会話をしていることに、わたしは気づかない振りをした。







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