09


9月といっても、暑さが和らぐことはない。夏休み気分も抜けきった9月中旬のよく晴れた日、久しぶりに晋助は、社会科準備室へやってきた。



「コーヒー、飲む?」

「ああ」



あの日以来、話すどころかまともに目も合わせなかったからか、会話のテンポが悪い。というか、気まずい。



「はい」

「ああ」



ここに来てから、ああ、としか言わない彼に、わたしはどうしていいかわからず、とりあえず先程まで手をつけていた資料に目を通す。



「あのさ、」

「修学旅行…」

「…は?」

「あっ、あーごめん、もう修学旅行のことかーと思って。京都奈良なんて最高ね。わたしが去年務めてた学校はオーストラリアだったから。」

「あー」

「京都は自主研修か〜。これってわたしも回っていいの? 嵐山行きたいなあ」

「教師も一応自由な時間はあるぜ。まあ生徒よりは早く集合しなきゃいけねぇけど」

「京都なんていつぶりだろ。そういえば教師になってからは行ってないなあ。最後に行ったの、4年生のときだ」

「へぇ…誰と行ったんだ?」

「同じゼミのメンバー。ああ懐かしいなー! みんな元気かなあ」



書類に目を通しながら、京都に思いを馳せる。京都は大好きだ。なんたって、日本の歴史が詰まった場所だから。当日はどこに行こうかなんて考えていると、晋助がクスクスと笑いだして、わたしははっと、意識を現実に呼び戻された。



「そういうところも、昔と変わってねぇのな」

「な、なに、失礼ね」

「いや、いい意味で、だ。だが、俺の知らない名前の時間を共有した男がいるのは、気に触るな」

「4年のときは、もう別れたあとだったじゃない。」

「わかってるよ」

「てゆうか、こんな話する前に、なにか用があってここに来たんじゃないの」




無理矢理話を戻すと、晋助はソファから立ち上がり、白衣をはらりと揺らしながら近づいて来る。わたしは自分の身体が強ばったのを感じた。あの日、彼の胸で泣いたときから、わたしは彼の身体が麻薬のようで怖いのだ。もう一度触れてしまったら、もう離れられなくなってしまいそうで。




「しん、」




わたしの予感が、奇しくも的中してしまうなんて、この時は思いもしなかったけれど。



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