折原臨也
幸せはなんて、酷く脆いのだろう。欲しては手に入らず、やっと手に入れたかと思えばするりと落ちていく。そんなことを考えているうちは、絶対に訪れないもの。幸不幸の概念から逸脱したとき、手に入るもの。それが真の幸福。
偽物の幸せならいくらでも量産できる。結局男女なんてそんなもの。
乱暴に掻き抱いて欲を吐き出して、適当に後処理して眠りについた男。横に転がるそれを足蹴にしてやりたかったが、後が怖いのでやめにした。新宿を拠点に街を、人間を観賞する悪趣味極まりないこの男とわたしは、所詮身体だけのカンケイである。
「臨也、」
「んー、なに、今何時…」
「朝の7時。わたし帰るから、鍵閉めるのよ」
「仕事?」
「今日は休み。でも午後から予定があって、池袋まで行かなきゃいけないの。一旦帰って着替えなきゃ」
「シズちゃんと会うんでしょ」
「臨也には関係ない」
「そうだね、君にとっては関係ないだろうね。でも俺にとっては大ありだ」
臨也は身体をベッドに預けたまま少しだけ背を丸めた。腕で顔を覆って表情が伺えず、わたしは彼の真意を言葉面だけでしか汲み取れない。
「どういう、こと?」
「俺がどれだけ愛しても、君は偽りだとしか思っていない」
「何言ってるの」
「まあそれでもいいと判断したのは俺なんだけど。でもやっとの思いでここまで来たのに、横からあっさり横取りされるなんて気に入らない。相手がシズちゃんなら尚更だ」
「何、寝ぼけてるの?」
「今さら遅いのかもしれない、だけど、君への思いは最初から、偽りなんかじゃないんだ」
「バカじゃないの、何で今になってそんなこと…」
「何度抱いても、君は行為中、俺の名前を呼ばない」
「それは…」
「行かないでよ、名前」
片腕で顔を隠したまま空いたほうの腕でわたしを掴む臨也は、まるで子供のようで。なんだか自分が悪いことをしたかのような気分になってしまう。でも、いつだって偽物の面をして、偽りを演じていたくせに、それ自体が偽りだったというのは、もはや混乱してしまったわたしには理解しがたい事実だ。
「どうして、どうして今さらそんなこと言うのよ…。散々嘘くさいやり方してきて、今さら…」
「ごめん、」
「…本当に、信じていいの?」
「ああ、俺は名前が願えば何だって出来るよ」
「バカね、不器用にも程があるわよ、わたしたち」
「…え?」
やっと顔を伺うことができたかと思ったら、間抜けなくらい驚いた顔をしていて、ついつい笑ってしまった。大人になって、無駄に演技が上手になってしまったわたしたちは、また昔のように青臭い恋が出来るだろうか。とにかく今は、目の前にある幸せを取りこぼさないでいたい。
不器用なわたしたち
「ちょっと待って、名前はいつから俺のこと好きなの」
「ん? 高校生の頃からよ?」
「は、何でもっと早く…あああ」
「あはは、大分遠回りしちゃったね。でも、終わりよければ全てよし!ってことで」
「はあ、まあでも君のそういうところが好きなんだけどさ。あ、で、午後からシズちゃんと会うんでしょ? あれ、どうせ会えないように手は打ってあるから、行かなくていいよ。おいで、もう一眠りしよう。ほら、腕枕してあげる」
「…」