傾倒
いつもだったら、もっとちゃんと、笑えているのに。なんで今日に限って、得意な作り笑顔すらできないのだろう。
初めてみたんだ。大輝が負けるところ。大輝も初めてだった、バスケで負けること。今まで本当にいろいろあった。大好きなバスケに絶望して、バスケをしなくなった彼を、わたしはわたしなりに支えてきたつもりだった。だけど、ついに、彼が試合で負けてしまって、わたしは、彼を労る、慰める、そんな言葉ひとつ出てこない上に、笑顔すらも作れないなんて、彼女失格だ。
試合が終わって、さつきに会った。大輝にお疲れさまって伝えて、とお願いして、わたしはひとり帰路についた。だって、今のわたしを大輝が見たら、絶対気を使わせてしまう。ごめんって、言わせてしまう。わたしは今まで誰よりも大輝の近くにいて、大輝を支えてきたつもりだったけれど、彼の一番辛いときに、言葉ひとつ、笑顔ひとつ向けてあげられない自分の非力さに、逃げているだけだってこともわかっているけれど。
いつだって、本当に彼を支えているのはさつきだ。わたしにはバスケのことはわからないし、幼なじみでもないし、彼が本当に求めているものが何なのかわたしにはわからない。それでも、彼女という立場で、そういう関係でしか出来ないことだけでも、その行為が彼のためになるのなら、愛されてなくとも、それでいいと思っていた。だけどやっぱり、誰よりも彼の一番になりたいと心のどこかで思っていたくせに、わたしは今、一番になることを諦めた。
着信を告げる携帯のディスプレイに彼の名前が光っていても、わたしはそれに応答する勇気すらないのだから。
見慣れた町並みが闇に溶ける。会場を出てもう随分と時間が経っているらしい。道路沿いに並ぶ活気ある店舗は殆ど営業を終えていて、車も人も、数える程度のものだ。
「ねぇ、君、こんな時間に一人でどうしたの?」
派手な格好をしたお兄さんたちがわたしを囲んで、わたしの肩を撫でるように掴んでも、未だ光る彼の名前を、呼ぶことすら出来ない。そんな資格、あるわけがない。遊びに行こう、楽しいことしよう、そんなお兄さんたちの甘い誘い文句に乗ってしまってもいいかもしれないと思ったそのとき、携帯は光るのをやめた。
ああ、終わりなんだ、と思った。
「なあ、そいつ、俺のなんだけど」
背後から響く、地面を這うような低い声に、わたしは酷く泣きたくなった。お兄さんの手がわたしの肩から離れると同時に後ろに身体を引かれ、広い大きな胸に押しつけられた。
「だい、き」
「何やってんだよバカ…。携帯かけても出ねぇし、家にかけたらまだ帰ってねぇって言われるし、俺がどんだけ心配したと思ってんだよ」
「ごめん…」
「他に、なんか言うことあんじゃねーの」
「ん、大輝、おつかれさま…。今日の大輝、いちばん、今まででいちばんかっこよかったよ」
「ったく、ごたごた考えてねぇで、お前は俺の側にいりゃいいんだよ」
「ん、ごめん、ごめんね」
「あーもう、泣くなよ。可愛い顔が台無しだ」
「はは、今日はブスって言わないんだ」
「うっせ」
「大輝、すき、だいすき」
「知ってる」
わたしが彼のために出来ることは少ないけれど、彼が嫌だと言うまで、側にいて、彼を愛し続ける。あなたの不器用な愛情表現も、不安も寂しさも辛さも悲しみも全部、全部わたしが汲んで飲み干してあげるからね。
傾倒
ちょっとめんへらちっく