マヤク
なんでもかんでも一人で完璧にこなしてしまう、刀も謀も女も得意な人。それが我らが総督だ。
夜の房事を終え、乱れた着流しをそのままに煙管をふかす背中を、静かに見つめる。この人の背中には、たくさんの悲しみが背負われているのだろうな、そんなことを思いながら。
いつも煩い蝉時雨が、今日はなりを潜めている。そういえば、近々台風が来るとかで、今晩から天候が悪くなると言っていた。こんな静かな夏の夜は、少し恐ろしい。
「晋助様、そろそろ眠りに就きましょう。明日も早いのですから」
「あァ」
「わたしは、自室に戻った方が?」
「いや、ここに居ろ」
「はい」
遠い月を眺めながら彼が何を考えているのか、わたしには到底理解できない。彼は自分一人で何でも出来てしまうから、とっとと先を歩いて行ってしまう。わたしは、いつもそれが悲しくて仕方がない。わたしが彼の傍に居られるのは、彼がわたしの身体を求めたその夜と、偶に朝寝を許されたときだけなのである。
「なァ、名前よ」
「なんでしょう」
「お前は何故、ここにいる」
「え…?」
「俺はお前の頭脳を買ってる。そして、女としても。だが俺は、お前に未来を与えてやることは出来ない」
「はい」
「だから、常に選択肢を与えている。この船を降りることを、咎めたりしない」
「はい…」
「それを踏まえて聞く。お前は何故、ここにいる」
「それは…」
そんなこと、聞かなくてもわかってるくせに。ああ、彼は、なんでも一人で完璧にこなすことが出来るけれど、たかが二十代の男なのだ。男なんて、みんな子供だ。そう、そうなのだ。彼も本当は、ちょっとやんちゃの過ぎるただの寂しがりの子供なのだ。
「わたしがここにいるのは、晋助様をお慕いしているから、只それだけです。総督であるあなた様と、男であるあなた様を、心からお慕いしているのです」
「はっ、とんだ酔狂な女だ」
「ふふ、誉め言葉として頂戴しますね」
そっと煙管を置いて振り返った彼は、わたしの身体をゆっくりと床に倒す。月明かりだけでは表情を伺いきれなかったが、少し子供っぽい目元をしていたのは確認できた。…今夜は目一杯、甘やかして差し上げよう。
いつもは腕枕をしてくれる彼が、わたしの胸に顔を埋めて小さくなっているもんだから、わたしは彼の母親にでもなった気分で、ありったけの愛を込めて、優しく抱きかかえ、髪を撫でる。
「名前」
「はい?」
「愛してる、愛してる」
「はい、わたしも」
それがわたしだけに向けられた真実の言葉かどうかは、もうどうでもいい。