欲望
「あ、やばい…」
「…どうした」
「ん、コンタクトずれた…」
秋の真っ昼間の空き教室は、太陽の光を程良く取り込みながら調度良い室温を保っている。キラキラと空中で反射しているのは格好の良いものではなくただの埃だとは分かっているが、それがなんとなく雰囲気を醸し出している。静まりかえった特別教室棟の一室で、制服を乱して身体を重ねている今のこの現状にぴったりだ。
「ほら、ちょっと見せろ」
「ん」
「あー、ズレてるわ」
「ちょっと待って、鏡…」
あ、ないや、そっか。身一つでここにやってきたことを忘れていた。ゴロゴロする目を擦りながらどうしたものかと唸る。はだけた制服とお腹辺りに感じる熱。まあ、結構いいところだったし。コンタクトのせいで雰囲気なんてもんはもはやあってないようなものだが。
「痛いのか?」
「結構…」
「ふーん」
「ごめんマジ痛い…。中断、トイレ行ってく、」
「だめだ」
え、なんで、そう返す暇もなく、再び埃っぽい床の上に肩を押しつけられた。エメラルドグリーンの瞳が薄く光を孕んで、わたしを映す。すっと、彼の細長い華奢な指が左目の瞼に触れたと感じたとき、わたしの全身の血は急激に熱を無くした。
「ししし晋助なにするつも、」
「じっとしてろ」
瞼を押さえて、反対の手でわたしの眼球に触れる。普段コンタクトを愛用している身としては、自分の眼球を触ることなど容易いのだけれど、それとこれとは話が違う。言葉にならないくらいの恐怖でぼやけた視界。もうホント、いつだってこいつは何考えてるか何しでかすかわからない。
混乱する思考の中で微かに聞こえた、彼の声。
「俺はお前の眼球まで、欲しいのにな」
それはわたしの眼球まで愛しているということか、それとも。
欲望