くすくすと笑う五十嵐はどこか寂しそうだった。


「だけれど、俺は殺したよ。右手に持った包丁を彼女の胸に突き立てた」


 五十嵐は差し出していた自身の右手で拳を作る。

 彼女。おそらく恋愛的な意味ではなくて、三人称的な意味で使っているそれで表現された女性を私は知るはずもないし知りえない。
 五十嵐と豊平の知り合いであるという、その情報しか分からない。


「俺は……彼と彼女を救いたかっただけのはずなのだけれど。全部めちゃくちゃになってしまったなぁ」

 固有名詞も使わないまま言われて理解は出来ない。言われたところで理解できるかは不明だが。
 五十嵐が俯いて、小さく声を上げて笑う。

「ごめんね。君には関係のない話だったねぇ」


 教室に戻ろうか、そろそろ時間になる。
 そう言って五十嵐は、左手で私の腕を引っ張った。



 あと少しで教室に着くところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
 クラスメートは一瞬私達に視線を向けて、すぐに逸らした。


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