狂行
 人殺し。
 豊平は五十嵐に、確かにそう言った。

 五十嵐は否定も肯定もせず、ただ笑っている。
 いいや。「俺を殺して、嫌いな俺と同じとなろうというの」、その言葉は確かに豊平の言葉を肯定するかのような言葉だった。

 教室はその行方を見守るかのように、ただ静まっている。


「浩介、少し落ち着こう?」

 五十嵐は子供を慰めるような声で、豊平にそう声掛けた。
 ゆっくりと立ち上がったそいつは、しゃがみこんだ豊平に手を伸ばすこともせずに薄ら笑いを浮かべる。


「浩介ぇ、君に俺は殺せはしないさぁ」


 心からの言葉なのか、揶揄なのか。真意は分からない。


「君は、優しい人間なのだから」

 クラスの誰もが思うだろう。豊平にその言葉は似合わない。
 そんな言葉を嫌味なく告げた五十嵐は豊平に、クラスに背を向けて歩いていった。
 何も、言えなくて。言えるはずがなくて。

 私は教室の外を歩いていった五十嵐を追いかける。


「五十嵐!」
「あれぇ、どうしたの、香恋ちゃん?」


 わざとらしくおどけるそいつ。
 私は、息を少しだけ整えて五十嵐に視線を向けた。
 昼休みのくせに廊下はやけに静かに感じた。



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