ぱ、といとも容易く手が離されて解放される。
 がくり、と崩れ落ちそうになるのを、なんとか壁に手をつくことで回避した。


「ない、なんて言わないよねぇ? ……少なくとも美園ちゃんは、こういう目にあったんだからさぁ」

 ……そうだ。
 美園は、こんな、恐怖を。
 ……味わったんだ。


「少しでも回避できる可能性があるのなら、俺はいくらでも利用してもらって構わないよ?」
「……っ、でも」
「でも?」
「あんたも少しくらい……少しくらいは怒るなり悲しむなりしてもいい、じゃん!!」


 私の言葉に、五十嵐はぽかんとした表情を浮かべてからけたけた笑う。
 何が楽しいんだ、何が。
 私は怒っているんだぞ。


「それだとぉ、俺のために怒ってくれてる、みたいだぜ?」
「……そんなんじゃない!」


 この、自意識過剰が!
 ぷいと顔を逸らすとまたくすくす笑い声が聞こえる。



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