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「いちるちゃん」


 目の前の華奢な少女の名前を呼べば、その子は俺の声にびくりと体を震わせる。

 怖がるような表情で、こちらをちらりと見て走り出す。
 ちょっと待って。


 そんな表情させたいわけじゃないんだとか。
 泣いてほしくないんだとか。


 あぁそうじゃない。そうじゃなくて。


「いちる……っちゃん!! 待てって!」
「……っ」
「待てって、言ってる、じゃんっ」


 男の体力舐めんな。追いかけっこで負けるはずないだろ。
 俺が掴んだいちるちゃんの腕は震えていた。
 力を入れすぎれば腕は折れてしまいそうなほど弱そうで、細くて。俺はこっそりと手の力を緩める。


「あのー、さ、香恋ちゃんがバーベキュー行こう、て」

 ただただいちるちゃんは首を横に振る。声なんて発しない。


「俺らのこと、嫌いになった?」


 香恋ちゃんのこと、ヒロのこと……俺のこと。
 いちるちゃんはさらに大きく首を横に振る。うん、わかってる。嫌いで逃げてるわけじゃないの、わかってる。


 今頃担任が教室に現れる頃だろうか。いないことに何か言葉はあるか、ないか。ないだろうな、いちるちゃんはともかく、底辺の俺にお言葉なんぞ。


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