Mirai-2
『帰りたい』
「まだ始まってすらいないんですけど」
だってこれ、始まったら陸としばらくバイバイじゃない。
海と仲良くしないといけないじゃない。
私帰れないじゃない。
「両親に挨拶してあとは食事するだけですから気楽になりましょう」
『気が重くなった』
「大丈夫ですから」
それでももごもごと言葉を詰まらせる私。
未来くんは困ったように笑って、自分の唇を私のそれにくっつけた。
緊張しないおまじない、だなんて。
そういって。
キザか。
全員が揃ったのか、客船は陸から離れていく。
あああ、愛しの陸が。
皆様、どうぞお楽しみくださいだなんてアナウンスを聞いて、楽しめませんなんて心の中で呟いた。
「その挙動不審なのを直せば普通に馴染んでますよ、妃代先輩」
『挙動不審……』
「とても怪しいです、やめてください」
やめてくださいって言われて緊張が解ければ苦労しないんです。
煌びやかな世界。
綺麗な人がいっぱいいる。
カッコいい人がいっぱいいる。
それでも未来くんが1番カッコいいな、なぁんて。
只の贔屓目なんだろうけど。
「未来」
落ち着いた低音の女性の声が耳に届く。
穏やかそうな女性は、私の隣にいる彼を見てにっこりと笑っていた。
女性の隣の男性も優しそうで。
あぁ、この人たちが未来くんのご両親だなって、すぐわかった。
未来くんが私の方を向いて、にっこりと笑う。
「妃代先輩、僕の両親です」
「その方がいつも言っている彼女さんね?」
未来くんのお母さんが私に向かって微笑みかけた。
すみません。
変な姑想像していてすみませんでした。
そしてこんな彼女ですみませんでした。
『は、初めまして!未来くんとお付き合いさせていただいております桃瀬妃代と申します!不束者ですがっ』
「落ち着いてください」
今日何回未来くんに「落ち着け」と言われただろうか。
「可愛らしいお嬢さんじゃないか」
お、お父様ありがとうございます。
「私達、色んな方に挨拶して回らなきゃいけないのよ。本当はもっとお話したいのだけれど……」
お母様が残念そうに頬に手をやって言葉を連ねる。
「良かったら家にも遊びに来てちょうだいね?」
『はっ、はい!是非!』
私の言葉に笑ってご両親は私の前から去っていく。
……緊張した。
『素敵なお母様とお父様だね』
「だから気楽で良いと言ったでしょう……」
呆れたように未来くんが笑う。
呆れさせてばっかりだ。
ちょっとショック。
未来くんに連れられて、たくさん並んだ食事の前へ。
普段はお目にかかれない、これまた豪華な食事達。
私は今日、何度未知の世界へと関わっていかなければならないのだろうか。
ゆっくりとドアの方へ歩き出した私の腕を控えめに掴んで未来くんは首を傾けた。
「……食べないんですか?」
『あの、外の空気を……』
吸いたいなぁなんて。
そういうと未来くんは納得したように頷いて。
腕を掴んだままドアの方へと歩いていく。
私を導くように、前を歩いていた。
『未来くん、食事は?』
「後で一緒に食べましょう」
外に出ると、当たり前のように周りは海。
夜の海は青じゃなくて黒で、少し怖い。
だけど、空にはたくさんの星がちりばめられていたので、恐怖は少しだけ削がれた。
背にしたパーティー会場はガラス越しに見てもやっぱり私には到底似合わない煌びやかな世界で、とても賑わっている。
「寒いですね」
季節はそろそろ冬に入ろうとしている11月だ。
今にも雪が降ってくるんじゃないだろうかという気温の低さに身震いする。
未来くんがスーツの上着を私にかけてくれた。
毒舌を吐くという口の悪い所はあれど、やはり彼は紳士だ。
育ちがいいと言われても納得できる。
『雪降りそうだね』
「冬苦手なんですよね……勘弁してほしいです」
未来くんは雪が苦手なようで嫌そうに顔をしかめる。
見てる分には綺麗なんだけどね、色々と面倒くさいからね。
あまり積もらなければいいのに。
『冬に船から景色見るのも綺麗かもしれないね』
吹雪とかじゃなくてゆっくり降り下りてるときとかに。
「じゃあ、また近いうちに参加しますか?」
楽しそうに未来くんが言う。
『勘弁してよ、馴染めないじゃん』
庶民として生きてきた私に今更慣れろといったって無理なものは無理だ。
「僕と生涯を共にするのなら、これくらいなれてもらわないと困りますよ」
悪戯するような表情で。
未来くんがそういって目を細めて私を見つめた。
『……プロポーズ?』
「お好きなように解釈どうぞ」
……まぁ、プロポーズとして受け取っておこうかな?
その方が嬉しいし。
「まぁ、プロポーズはそのうちしっかりとさせていただきますけどね」
綺麗に、笑う。
未来くん、くそぅ。
何だかずるいな。
「さぁ、戻りましょうか」
私に手のひらを差し出して、微笑む。
王子様のようだ。
「これからも、手を離さないでくださいね……妃代さん」
先輩呼びじゃない彼の表情は、少しだけ赤かった。
彼の言葉に肯定するように彼の手に手のひらを重ねて、明るいパーティー会場へと足を進めた。
*After story Mirai fin*
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