チョコマカロン
綺麗な音が聞こえる。
おそらく楽譜通りには弾いていないのだろう。
聞いたことのあるクラシックは、大きくアレンジされて音になって響く。
防音の音楽室。
だけど、音楽室の窓が開けられていて音は外でも聞くことができた。
「……ピアノ?」
「こんな学校に弾ける奴なんかいたんだな」
蓮と陽くんが感心したように言葉を発する。
……これ弾いているの、未来くんだよね?
連続して弾かれる陽気なメロディたち。
機嫌が良さそうだな、未来くん。
笑顔で弾いている彼を思い浮かべて思わず笑う。
「妃代ちゃん何笑ってんのー」
近くにいた御門くんが不思議そうに問いかけながらも私につられて笑う。
『何でもないよ』
食べ終わったお昼、お弁当箱を片付ける。
鞄を持って私は立ち上がる。
3人に『ちょっと行くところあるから行ってくるね』と声をかけて教室から出る。
階段を2階分上がって、ついたのは特別教室階。
私の目の前には音楽室のドア。
ゆっくりと開けると楽しそうな顔でピアノを弾く未来くんの姿。
曲が終わり、次の曲へと移る時に話しかける。
『未来くん、寒くないの?』
「妃代先輩、こんにちは」
寒くはないですよと言った彼。
嘘だぁ、こんな真冬に。
ゆっくりと立ち上がって窓を閉める未来くん。
「どうかしましたか?」
『ピアノの音聞こえたから未来くんかなぁって』
窓を閉めた未来くんは再びピアノの前の椅子に座り込む。
どうぞと指された椅子に遠慮なく座った。
『未来くん気付いてる?』
「何がですか?」
『今日陽気な曲ばかり弾いてるよ』
「確かにワルツやポルカが多いですね」
楽譜を確認しながら未来くんが笑う。
『いいことあった?』
「ひとつだけ」
未来くんがにっこりと微笑んだ。
ピアノからポーンと心地よい高さの音がこだまする。
「今日は何日でしょうか」
『……まさか、それで機嫌がいいの?』
バレンタインデーだから?
チョコレート好きなのかな……
未来くんは肯定するように首を振った。
「持ってますよね、チョコレート」
『他の人にあげる、って言ったら?』
「へぇ、1つしかないんですか?てっきり3つ用意してると思ったんですけど」
あ、バレた。
そうだよね、みんな分用意してるって思ってるよね。
私は鞄に入っているたった1つのチョコレートを思い浮かべた。
「本命、決まっているんですね」
平静を装っているのかどうでもいいのか。
作った笑顔がこちらに向けられる。
しばらく黙った未来くんは私を見て手を差し出す。
チョコレートの催促。
人の話を聞いていないのかこいつは。
「僕にくれますよね?」
……まぁ、いいんだけどさ。
驚かせようと思ったのに台無しだよ。
鞄から大きいとも小さいとも言えない箱を取り出す。
『はいどうぞ』
「あれ、本当にくれるんですか?」
『いらないの?』
「いりますよ」
彼の手に渡ったチョコレートの入った箱は両手の上に収まるサイズ。
開けて良いですか、と微笑む。
彼に向かって首を縦にふった。
開かれた箱の中に入っていたのは色とりどりのマカロン。
チョコレートクリームを挟んだマカロン。
「へぇ……妃代先輩って不器用かと思ってました」
『苦手だけど、頑張ったの!』
卓哉先輩の力を借りてなんとかなった。
マカロンは難しいよって言われたけど……
カラフルなマカロンは、未来くんに合うかなって思ったんだ。
たくさんの色に染まったそれは、彼が奏でる様々な音をイメージさせたから。
「僕のために、頑張ったんですね?」
『……そういうことに、なるかな』
にこりと見せたのは相変わらず紳士的な笑顔。
未来くんはピアノの方を向いてピアノの上にマカロンの入った箱を置く。
「妃代先輩、何かリクエストはありますか?」
『えっ、うーん……「運命」とか?』
「随分とメジャーなとこを選びましたね」
とっ、突然リクエストとか言われてもクラシックとか詳しくないし!
大きいとは言えない手、細い指が音を奏でる。
聞いたことのある、それでいて所々アレンジのきいた演奏。
やっぱり上手だなぁ……
弾き終わった彼は少しだけ残念そうな顔をした。
「……楽譜ないと辛いですね、久しぶりの曲だと」
楽譜なしでそこまで弾ければ充分だよ。
未来くんは箱からピンク色のマカロンを摘んで取り出した。
「僕が本命、で間違いないですね?」
にこりと笑ってマカロンを口に運ぶ。
癖になっているのかとっさに出かかったのは否定の言葉。
慌てて止めて、黙り込む。
未来くんが「どうしたんですか?」と首を傾けた。
素直になるのよ妃代!
変な意地をはっちゃだめ!
『……そうだよ。未来くんが好き』
真っ直ぐと少年を見て口を開いた。
目の前の少年はきょとんとした顔で固まる。
一見性格が悪いように見える……いや、悪いとこもある、けど。
素直で、真っ直ぐで。
好きなことにはひたむきに一途。
私は、そんな……
『一途な未来くんが、好きなんだろうなぁ』
呟くように出た言葉。
未来くんを見ると、下を向いて何も喋らない。
あれ、どうした。
『未来くん?』
のぞき込むようにしてみせると見るなと言わんばかりに手で顔を隠す。
「……見ないで下さいっ!」
そう叫んだ彼の顔は、そう。
……真っ赤っかだ。
……え?未来くんが赤面?
『可愛い』
「可愛いとかっ、言わないで下さい!」
不意打ちは卑怯ですと片腕で顔を隠しながら私を睨む。
不意打ちに弱い……らしい。
『可愛いね、未来くん可愛い』
私の言葉に真っ赤になっていく目の前の少年。
ふふ、楽しい。
あ、私性格悪くないですよ。
普段えらそうな人が照れてる所ってレアじゃないか。
ピアノの前にある座っていた椅子を立ち上がって、私から離れていく。
『あ、逃げた』
「逃げてません」
『逃げてるよ』
「妃代先輩なんか嫌いです」
『私は好きだよ』
「嫌いです」
『そこまで否定されると泣いちゃうよ』
うーわー普段好き好き言われてるのに告白したら嫌いって言われたー。
妃代ちゃん泣いちゃうー。
手で顔を覆って泣き真似をしてみる。
「わざとらしいですよ」
そう言いつつも未来くんの声はどこか心配したような色を含んでいた。
あれ、本当に泣いてると思ってる?泣き真似か本当の泣きかわかってない?
楽しい、未来くんいじるの楽しい。
未来くんのせいでSに目覚める。
『未来くんに嫌われたから会長か蓮の所行ってくる』
「行かせません」
顔を上げるとむっすりとした表情で私を見ていた。
泣いてないじゃないですか、と嫌そうな顔を見せてくる。
泣いてないよ、泣くわけないじゃない。
嫌いって、本気じゃないことわかってるし。
『未来くんお顔が真っ赤ですよ』
「誰のせいですか?」
『私のせい、かな?』
私が笑うと未来くんは呆れたような笑顔を浮かべる。
「妃代先輩……僕も先輩が好きですよ」
優しく笑ってそういうから、顔に熱が集まった気がした。
それを見て、してやったりと言わんばかりの表情を浮かべる。
相手を照れさせれば自分に余裕が戻るってか、この野郎。
なにそれ、怪談で相手を怖がらせれば自分は怖くなくなる心理と一緒なの。
「ねぇ、妃代先輩?好きです、大好き」
クスクスと笑ういたずら少年が楽しそうにつらつらと言葉を連ねる。
私にゆっくりと近付いてきて、手をぎゅうっと握る。
言葉に出さないけれど「離さない」と言うかのように、優しく、強く。
握り返すとにっこりと彼は笑う。
「妃代先輩、放課後どこか行きませんか?」
『え?……どこかって、どこに?』
「わかりません。僕、物事に疎くて全然世間を知りませんので」
うん、それは知ってる。
「だから、いろんな所に行ってみたいです」
無邪気に笑う未来くん。
「僕、妃代先輩といろんなことがしたいです、2人で」
前みたいに、いろんな所へ行って楽しみたい。
私はね、君のいろんな笑顔が見たいよ。
『これからいろんなことをしよう』
今日はどこへ行こうか。
水族館とか、動物園とか連れて行きたいな。
反応がおもしろそう。
「放課後迎えに行きますね」
マカロンの入った箱を手にとってにこりと笑う。
『待ってる』
「好きです、妃代先輩」
もう1度愛の言葉を口にして。
彼は可愛らしく微笑んだ。
私も、そんな。
いろんな顔を見せてくれる貴方が大好きです。
僕はあなたといろんなことがしたいです。
もっと、あなたを知りたい。
一緒に笑って、泣いて、喧嘩して。
そう、2人で。
恋をしましょう。
*未来END*
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