ガトーショコラ




『うぅ、寒い』


やけに冷え込んでいる今日。

雪降ってるよ、雪。




ホワイトバレンタインだー。
ふふ、素敵。


……なんて言ってる場合じゃないんだよ、寒いんだよ。



寮から学校へ、短いはずの距離が異常な長さに感じる。



早く春になればいいのに、寒いの嫌い。



やっとの思いでついた学校。
うわぁ、教室すごく暖かい。





『おはよー』

「おう、はよ」

『あれっ……蓮だ』



珍しい、いつも遅刻ギリギリなのに。
私よりも早く来ているなんて。

早いね、と告げると「おう」と笑顔で返ってきた。



『あっれぇ、妃代ちゃんずいぶんと大荷物だねー』



私の持っている荷物を見てニヤニヤとする。

手に持っているのは、鞄に入りきらなかったバレンタインのチョコレートが入った袋。


……だってさ、ガトーショコラとかホールだと大きいんだよ!

鞄に入るわけないじゃん、入ったとしたらつぶれてるじゃんそれ。



御門くんは昨日家庭科室に入ってきたからわかっているでしょう。



チョコレートがただ1つだってこと。

そしてこれが、チョコレートであること。



『御門くん、ニヤニヤしててキモイよ』
「わぉ辛辣!」


妃代ちゃんがいじめるよーと泣き真似を始める御門くん。


非常にうっとおしいことこの上ないです。



「結局誰にぃっ!?」



泣き真似をやめてニヤニヤ話しだした御門くん。
その言葉は頭を殴られて止められた。



「おはよう桃瀬、蓮」

「お、おう」

『おはよ……』



登校早々御門くんを殴ったよ、陽くん。
それでいて何事もなかった顔をしている。




御門くんは頭を押さえて涙目になっている。

痛かったよね、結構にぶい音したしね……




「馬鹿だろ、お前」

「馬鹿じゃないよ!?」

「馬鹿だ」

「陽ちゃん酷い!」


「朝から元気だなお前ら」



うーんと、陽くんは御門くんがバレンタインのことを話そうとしていたのを止めてくれたのかな?

ありがとう、中々酷い止め方だったけど。




あっ、と思い出したように蓮が私を見た。



「あーそうだ、ひよこ。お前ちょっと今日俺ん家来い」

『は?』



何で?というと秘密だと返される。



んー、まぁ、チョコレートあげるのに丁度良い、かな?


『うん、わかった』


双子ちゃんに会えるからよしとしようじゃないか。

私たちの会話を聞いていた御門くんがニヤニヤと笑う。




殴りたいなって思ったけど代わりに陽くんがチョップをかましてくれたので満足です。











放課後。
並んで外を歩く。

朝よりは暖かいんだろうけど、それでも酷く肌寒い。


長いマフラーをぐるぐると巻いて顔を埋める。




『寒い寒い、寒いよーっ』
「そんなに寒いか?」



そんなに厚着をしていない蓮が苦笑して首を傾けた。


君は何者なんだ子供は風の子ですか?
子供なんですか、風の子なんですか。



何度か訪れたことのある小さな一軒家。

到着すると龍馬くんが迎え入れてくれた。



「あぁ、ひよこさん。わざわざありがとうございます」
『え?』


いまいち状況がわかっていないんですけど……!


「おい、しゅんとちー!ひよこ連れて来たぞ!」




……ん?俊太くんと千絵ちゃんが私を呼んだのですか?


「「ひよこさんっ」」

とてとてと走ってくる可愛らしい双子ちゃん。



目の前に差し出されたのは大きな大きな板のような物。


……ココアクッキーかな?

ひよこの形だ。




「「ばれんたいんでーだよ!」」




にっこり可愛らしい笑顔を私に向ける。




『私にくれるの?』

「うん!」
「しゅんがつくったんだぞ!」
「ちーもつくったもん!」



なにこれ可愛い。

2枚の大きなクッキーを受け取って2人の頭をなでる。



『ありがとう!』

「悪ぃな。俺が代わりに渡すつっても自分で渡すって我が儘いいやがる」

「せっかくなのでゆっくりしていってください。温かい飲み物いれてきますね」



龍馬くんの言葉に甘えようかな。寒いしちょっと休みたい。





節約をしているのか、家の中でも少しだけ肌寒い。


わぁ、こたつだ!
寮にこたつなんてないからいいなぁ羨ましい!



許可をもらってこたつの中へ、複数人で入ると気持ち的に温かい。



『結衣さんと薫さんは?』

出かけてるのかな?



「あー?兄貴は昨日飲み過ぎたとかってぇ今も寝てんじゃねぇかな。姉貴はー……」

「あれー妃代ちゃんだぁ!やっほーやっほー」

「おう、そこにいるうざいのだな」



うざいとはなんだ!と結衣さんが怒るが蓮はスルー。



『結衣さんこんにちは』



私の言葉に笑顔が返される。
うん、綺麗な方だ。




「俺ちょっと着替えてくる」

「じゃあ私が妃代ちゃんもらう」

「消えろ姉貴」

「お前が消えろ」



なんでこんなに殺伐としてるのこの2人。

蓮がこたつを抜け出して2階へと上がっていく。



龍馬くんが持ってきてくれた温かいお茶を飲む。



「妃代ちゃん、あいつにチョコあげた?」
『……あげてないです』


……まだ、ね。


私の言葉に結衣さんが「失恋だ」と馬鹿にしたように、楽しそうに笑う。


『いや、あの……準備はしてるんです』

「え?まじで?」




2階から下りてくる音。

ラフな姿に着替えた蓮が姿を再び現した。
……っていっても蓮ちゃんと制服着てないし、制服でも上普通に長袖シャツ着ているからそんなに変化はないんだけど。


結衣さんがにこりと笑う。



「おい、蓮。ちょっと表出ろ」

「いきなりなんだよお前。喧嘩売ってんのか、手法が古ぃぞ」

「売ってねーよ!妃代ちゃん連れてさっさと外出ろ!」




結衣さんに対して嫌そうな顔を浮かべる蓮。

頭の上にはクエスチョンマーク。



『あの……ここでもいいんですけど』



外寒いし。
鞄の横に置いた袋から大きな箱を出す。



入っているのは大きなガトーショコラ。



『バレンタイン。大きいの作ったから、よかったらみなさんで食べてください』




こたつのテーブルの上に置く。
あっ、開かないで欲しいなんか恥ずかしい。


ちょっと失敗したから見栄え悪いの。
味は大丈夫……たぶん。



私が帰った後にでも食べてください。


双子ちゃんから素敵なものもらったし、渡す物渡せたし。

帰ろうかな!





『私そろそろ帰りますね』

「えーもっとゆっくりしてけばいいのにぃ」



長居したら申し訳ないしね。

前も……長居してしまったわけだし。



『薫さんによろしく伝えておいてください』



みなさんとゆっくりお話してみたかったけど。




「あー……送るわ」



蓮が頭を掻いて私を見る。
寒いよ、大丈夫?



『大丈夫だよ』

「送る」



引かない彼。
……まぁいいか、誰か会話相手いたほうが寂しくないし。
人がいたほうが体感温度上がるしね。



『ありがとう、じゃあお言葉に甘えて』



私の言葉に「おう」と蓮がニッと笑う。




「またきてねひよこさん!」
「ばいばーい!」



双子ちゃんの笑顔に見送られながら青峰家を後にした。




大量に雪積もってる。
短時間にどれだけ降ったんだ。


綺麗な雪に足を踏み入れながら寮に向かって歩く。


蓮の格好は黒いコートで青いマフラーがやけに映える。




「足取られんなこれ」
『すっごい雪だねー……』



嫌そうな言葉の割には私も蓮も、どこか楽しそうな声色。



雪って積もると童心に返るんだよね。
雪かきで現実に引き戻されるけど。
雪かき辛い、寮だからやらなくていいのかな?みんなでやるのかな?
わからないけどとりあえずやりたくないです雪かき。




寮に着いて、蓮にお礼を言う。
中に入ろうとしたとき、呼び止められた。




「チョコ、ありがとな」

『ううん、バレンタインだし』



……あ、告白してないわ。
この人気付いてないよね絶対。

3人全員にあげてるって思ってるんだろうなぁ。




蓮がポケットから何かを取り出して私に手渡す。

小さな、何か。





「アメリカじゃ、男が女に花束をやるのが多いんだよ」


あぁ、なんか聞いたことある。



バレンタインって国によって結構違うんだ……
男から女、女から男っていうところからまず違うんだもんね。



「でもお前、花とかすぐ枯らしそうだしなー」


苦笑して私を見る。
おしとやかな女の子じゃなくて悪かったね!



だからそれにした、と指さされたのはもらった小さな袋。


もらった袋から物を出すと、そこに入っていたのは。
小さなストーンで花を形作った飾りがついた、綺麗なピン留め。




『わぁ、可愛い』


光が反射して、キラキラと光る。


「喜んでくれて良かったわ」




緩く笑って、手を振る。
じゃあな、ということだろう。



『ねぇ蓮、気付いてないよね』

「何がだよ」

『私今日、ずっと蓮の側にいたよ』

「はぁ?……あぁ、そうだな。それがどうしたんだよ」



未来くんにも会長にも、今日会ってないんだよ。
チョコレート、渡してないんだよ。

蓮がね、好きなんだよ。



言葉に出さないと伝わらない。
伝えないと、伝えないと。


そう考えるとは裏腹に、気恥ずかしくて言葉に出来ない。




『ばーか!』

「突然なんだよ!」




気付いてよ、ねぇ気付いて。



思い切って、彼のマフラーを引っ張って。


突然のことに引っ張られるがままになる蓮。
丁度良い高さに下りてきた唇にキスをする。


触れただけの唇を離して、ムキになって叫んだ。




『チョコレート、1個しか作ってないから!本命、だからね!』

本命を家族で食べてねっていうのも変かもしれないけれど。



マフラーから手を離す。



『バイバイッ』



硬直している蓮を置いてきぼりにして、寮の中に入った。


慌てて呼びかけるような声が聞こえる。
聞こえないふりをして部屋へと向かっていった。



部屋に入って、しゃがみ込む。




『あぁ、もう!』




明日が怖いけど、どこか楽しみで。
自惚れに近いのかもしれないけれど、両想いなわけで。




『好きだって言えてないし』




明日、君にもらったこのピン留めをつけて学校に行こう。



笑って、好きだよって、伝えよう。











お前にあげたピン留めのストーンが光に当たって輝く。



目を細めて、綺麗に笑って。

俺を「好き」だと言う。



幼い頃みたいに。

お前が隣にいるだけで、俺は幸せだよ。






*蓮END*



 

  back


「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -