君想いチョコレート
晴信さんが出来心で改修したという家庭科室。
この高校には家庭科なんて科目は存在しないのに何故作った。
と、いう場所に私はいます。家庭科室なうです。
「さぁて、作りましょうか」
『はいっ!』
エプロン姿の卓哉ママン……間違えた、卓哉先輩。
中々似合ってますね!
さてさて今日は。
明日のバレンタインデーのためにチョコレートを作ろうということになりました。
進路が決まっている卓哉先輩にお手伝いをお願いしたところ「いいよ」と承諾してくれました。
私料理は普通にできると思う。
……が、お菓子作りは壊滅的なのです。
なんでだろう。
調理道具を引っ張り出して、数枚のチョコレートと睨めっこ。
「んーと、3個作るのかな?全部違うものにする?」
『いえ』
私が作るのは
『……1つだけ、作ります』
たった1つ。
“彼”に向けた、チョコレートただ1つ。
「そっか」
優しく笑った卓哉先輩。
本当はね?
みんなに作ろうと思ったんだ。
だけどもう決めた。
想いを伝えるんだって。
曖昧にはしないんだって。
じゃあ作ろうか、とレシピを広げて卓哉先輩が微笑む。
どれがいい?ということらしい。
うーんどれがいいかな?
……どれが、好きかな。どれだと、喜んでもらえるかな。
「3人なら桃瀬ちゃんがくれるなら、なんでも喜ぶと思うけど」
クスクスと笑って卓哉先輩が顔を緩ませた。
『わっ、笑わないでくださいよ!』
「ごめんごめん、可愛くってつい」
ようやく決めた1つのレシピ。
材料は的確に。
しっかりと、想いをこめて。
レシピ見なくてもしっかりと手順を把握してる卓哉先輩すごい。
……今度卓哉先輩の手料理食べてみたいなぁ。
家庭科室の外からばたばたと騒がしい足音が聞こえてきた。
「チョコレートだぁ!チョコレートの匂いがするぅ!」
すごく緩んだ顔で現れたのは雪村くん。
今にもよだれが垂れそうなわんこみたいだ。
匂いにつられてきただと……犬か。
「たっくん先輩とももせんが何か作ってる!ちょおだい!」
何で私には「先輩」がついてないの。
今更だしいいけどさ。
「だぁめ、君はこれでも食べてなさい」
卓哉先輩が雪村くんの口に余った板チョコをねじ込んだ。
……wowバイオレンス。
丸々1枚ねじ込んだ。
「桃瀬ちゃんのチョコレートは1人だけのものだからね」
作業する手を止めずにふわりと笑う。
雪村くんが「えっ」と言って私を見た。
「やまとん先輩!?未来!?あっと、あっと、あの怖い人!?」
怖い人って言われてますよ蓮。
「へーっ1つ!妃代ちゃんの本命は誰だー!?」
ひょっこりと現れたのは御門くん。
同じように陽くんも顔を出す。
みんな何なの犬なの?
『何で来たの御門くん』
「ちょっとやめてそのチョコレートねじ込もうとする構えやめて!」
「通りかかっただけだ」
……5階の特別教室階に何の用なんだろう。
「そうだよ!美術の作品返却されたから取りに来ただけ!」
あっ、そんなのもあったねぇ。
私も取りに行かなきゃ。
会長は今日学校に来てない。
蓮はバイトで帰った。
未来くんは家の用事で帰った。
……今の私には敵はいない!
みんなのニヤニヤとした視線はスルー。
時間をかけて、出来上がった、たった1人分のチョコレートの包み。
「幸せだねぇ、これを貰える人は」
御門くんがニヤニヤと笑って私をみてチョコレートを指差す。
今すぐ貴様の口にチョコレートをぶち込もうか。
目の前に置かれたチョコブラウニー。
「1日早いけど逆チョコ。明日勇気が出せますように」
た、卓哉先輩!
私に教えながら別のものを作ってたなんて……!
「君たちも食べていいよ」
『男が男にあげるのってホモチョコって言うんだってネットでみました』
「こら、そういうこと言わない。変な情報に踊らされるんじゃありません」
超おいしい。
卓哉先輩の料理の腕がやばい。
なにがやばいって、全部やばい。
プロじゃないかこの人。
「味はまぁ……大丈夫だと思う」
私の持っているチョコレートをちらりとみて苦笑する。
味見はしたじゃないですか。
……大丈夫だよね?
「大切なのは“気持ち”だからね」
自分の胸にトンと指を当てて微笑んだ卓哉先輩。
「頑張れ」
「妃代ちゃんなら大丈夫大丈夫〜」
「応援してるぞももせんっ」
「ちゃんと、伝えるんだよ」
大丈夫。
私は、想いを伝えられる。
『ありがとう』
応援してくれる人がいる。
明日、あなたに伝えるから。
『好き』だって。
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