Arrest3
「ちーちゃんとしゅんくんは私と寝ようかー」
突然リビングに現れた結衣さんが、にっこりと。
そう言い放った。
部屋に居たんじゃなかったんですか?
「は?」
「いやーおふたりさんの邪魔しちゃわるいでしょ?」
わざとらしくウインクをして、千絵ちゃんと俊太くんを抱えてリビングから姿を消した。
もうみなさん部屋にいるので、現在ここには2人きりです。
『……』
私が右側に視線を逸らすと、左側から大きなあくびが聞こえた。
……眠いのかな?
「……部屋行くぞ」
眠ぃ、そう小さく呟いて手を引っ張ってくる蓮。
久々にバイトがないから気が抜けたようだ。
初めて入った蓮の部屋はシンプルで、不必要なものは置かれてない印象を受けた。
蓮は何故かベッドの左側すぐ横、床の上で横になった。
「お前ベッド使え、俺は下で寝る」
『は?風邪引くよ!?』
「大丈夫俺強ぇから」
たぶんそういう問題じゃないと思う。
床はかなり寝辛いでしょう。
『私が床で寝るから!』
「あ?風邪引くぞ」
『部屋の主がベッド使わないっておかしいじゃん!』
「女を床に転がす男の方がおかしいだろ!」
言い合いは平行線。
どちらも譲らないから。
『じゃあどっちもベッドの上で寝ればいいじゃん!』
私は端っこで寝るから、ギリギリで寝るから!
私の言葉に蓮は呆れたような表情を浮かべる。
「襲うぞ」
冗談のように、ただ淡々と。
そう、吐いた。
だから
『ふーちゃんはそんなことしないよ』
そう笑って返した。
左手の鎖がぴんとはる。
彼との距離が更に狭くなった。
私はよろけるも転ぶことはなかった。
「ふーちゃん」
嘲るように蓮がそう呟いた。
ふーちゃん、その名前を聞いて私も彼も、思い浮かべたであろうあの幼い普通の女の子よりも可愛らしい男の子。
目の前の青年の成長する前とは思えない幼い姿。
蓮の口が弧を小さくゆっくりと描いた。
ベッドの側であぐらをかいて座っていた蓮が立ち上がる。
視線があった蓮の表情は、笑っているもどこか寂しそうだった。
「なぁ……ひよこ、ひめ」
真剣な瞳から、目をそらせない。
「……妃代」
――お前にとって、俺は何なんだ?
手を手錠によって引っ張られて、とうとう彼にくっつく形になった。
蓮は、私の
『大切な、幼なじみだよ』
彼を突き放そうとした腕は掴まれて。
壁に叩きつけるように押さえつけられる。
「もう俺は昔の俺とは違ぇ」
近いよ、蓮。
知ってる。もう君は昔の「ふーちゃん」じゃない。
「なぁ、俺を……男として見ろよ」
私の腕を押さえつけている手は力強くて振り払うことなんてできやしない。
衝動的に触れた唇。
次第に深くなる、長い長い口づけ。
生暖かい舌が絡み合う。
微かに漏れる吐息が2人の体温を上昇させるような気がした。
ゆっくりと離れて、蓮が自身の唇をゆっくりと舐めた。
「……ひめ」
微かに漏れる吐息が2人の体温を上昇させるような気がした。
ゆっくりと離れて、蓮が自身の唇をゆっくりと舐めた。
濡れた唇が、微かに弧を描いて私の名前を呼んだ。
「なぁ……妃代。俺を、選べよ」
小さく、はっきりと。
目の前の可愛い少年は
「……愛してる」
大きな、青年になっていて。
思わず蓮から目をそらすと、力強く抱きしめられた。
蓮の顔が私の肩に押しつけられる。
「……眠ぃ」
『そうだね、寝ようか。離して』
そういえば私スカートのままじゃん。
着替え何か貸してください、結衣さん。
上はシャツにカーディガンだからなんとかなるって信じてる。
私の願い叶わず、抱きしめられたままボフリとベッドの上へと落ちていった。
ちょっと、蓮。
『離してってば』
「一緒にベッドで寝るんだろ」
うん、そうだね。
私はベッドの端っこで寝るんですけどね!!
一緒にの意味が何か違う。全然違う。
『制服にシワついちゃう』
「クリーニングに出せばいいだろ」
クリーニングに出すの面倒くさいでしょ。
声をかけても次第に眠たそうに声を発する蓮。
……なんなんだ本当に。
とうとう離さないまま眠ってしまった。
……仕方ない。身動き取れないし。
諦めて、そのまま私も眠りに落ちた。
次意識を取り戻した時にはぬくもりは消えていた。
なんだか、寒くて。
思わずくしゃみが出る。
「おう、はよ」
ゆっくりと瞳を開くと、ベッドに座る蓮。
微妙な距離感。
……って、あれ?
『手錠ない……』
左手の冷たくて違和感を生んでいたそれは消えていた。
「妃代ちゃんよだれのあとついてるよ」
笑いながら言うのは、そう、元凶の男の子。
『あれ、御門くん……』
わざわざ朝早くにご苦労様です。
あぁ、そっか。今日休日だ。
「……で?ナニかあっちゃったりしたんですかー?」
ニヤニヤと御門くんが近付いてくる。
「ねぇよ」
「なぁんだ、つまらない」
こっちは結構笑い事じゃなかったんだけどね。
『蓮、ごめんね、ありがとう』
青峰家に迷惑かけちゃったよね。
「あぁ……おう。お前飯食ってかねぇの?」
『うん、すぐ帰るよ。これ以上迷惑かけたくないし』
朝ご飯までごちそうになるのは申し訳ない。
「俺は食べてくよ蓮ちゃん!」
「お前の分はねぇよ」
2人のやりとりに苦笑しながらも、昨日の放課後からずっと着ることができていなかったコートを身につけて玄関へと向かった。
マフラーもしっかり巻いておこう。
『お邪魔しました』
「送る」
『いいよ、大丈夫』
なんか、2人でいるのはなんとなく気まずいしさ。
玄関のドアを開くと冷たい風が頬を掠めた。
うわぁ、冷たい。
よく昨日の放課後、コート着ないで歩けたな私たち。
朝ってこともあってすごく冷たい風。
うーん、意識しちゃってあまり寝ることがなかったな。
寮に帰ってもう1度寝てしまおうかな。
昨晩の蓮の表情を思い出して。
『大切な、幼なじみ……』
そのとき吐いた自分の言葉を呟く。
その気はなかった。
でも、それは、その言葉は。
彼の感情を踏みにじるような、突き放す言葉となっていた。
マフラーに顔を埋めて、風に耐えるように目を閉じた。
まだ、優柔不断な私は最低なのかもしれない。
“彼”に惹かれている。それは事実なのに。
……「好き」であると、断言できないなんて。
私は、誰か1人を選んで。
他の2人を突き放さなければならない。
白い息を深く吐いた。
それは広がって、何事もなかったかのように私の視界から消えていった。
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