朝日祭3





口を尖らせた少年の横に並んで彼の顔をのぞき込む。



『どうしたのー?』

「別に、なんでもありません」

『ふーん』



拗ねている。

これは拗ねている。

可愛い。からかいたい。



『3年A組はー……金魚掬い!外でやってる!行ってみようか』

「はぁ、そうですか」



うわ、どうでもよさそう。




人混みの中を歩くと3年A組と掲げられた看板が目に入る。


わぁ、金魚いっぱい。



『会長』

「どうも大和会長」



私と未来くんの顔を見て笑う。



「遊びに来たのか?」

『金魚ください』

「いや掬えよ」




近くに置いてあったポイとお椀を私たちにくれた。

お金はもちろん徴収されました。




「あーあ、人が必死に働いてる間に愛しの妃代ちゃんを黒松にとーらーれーまーしーたー」

会長は怠そうに椅子に座りながら上を向いて言葉を発する。


クラスの方々にうるさいと怒られていた。



未来くんはポイをジッと凝視している。



『……やらないの?』



私は水にいれて金魚追いかけているうちに破れた。もうやぶれた、終わったのだよ私の試合は……!



「くだらないことはやらない主義なんですよ」




ふん、とポイから目をそらす。




「……へぇ、金魚掬える自信ないから逃げるんだな?」



会長が、ニヤニヤと。

未来くんをあざけるように笑う。



「お前は金魚を掬って救うこともできない小さな人間なんだな……俺は悲しいよ」

『会長!未来くんの身長のこと言っちゃダメですよ!』
「大和会長は身長については言ってませんよね妃代先輩喧嘩売ってるんですか?」


おっと怖い。

喧嘩したとしても未来くんになら勝てる気がする。
……言葉責めとかで。
普段Sっぽい人って反対に弱いらしいし。



「……安い挑発に乗るつもりはありませんが、やってみせますよ」


挑発に乗っちゃってますがな。



瞬間。
水が大きな音を立てた。


未来くんの持っているポイは見事に破れている。



「そんなに勢いよく入れたらな?破れるに決まってるだろ?」


なんか会長微妙に微笑んでる、気持ちわる……嘘ですはいはいカッコイイカッコイイ。
無知な子供をほほえましく見てる笑顔。


……やってる人を見たけどやり方がわからなかったみたい。


『……やったことなかったの?』
「……」



黙り込むお坊ちゃま、未来くん。



結構無知な少年だよね。




会長がおまけに1回やらせてくれた。ついでに未来くんにやり方を教えてあげていた。


なんか、兄弟みたい。









いろんな所を回って、お昼も過ぎた。


『私のクラス行く?蓮の作った焼きそばおいしいよ!』

「まだ食べるんですか?だから太るんですよ?」

『……』




まだ言うか。
太ってない平均だ!
お前が繰り返す限り!私も繰り返す!



『あっ、雪村くんのクラスちょうど上映時間だって!』


ロミジュリ見よう!


「ちょうど良かったですね」



体育館に入れば多くの人で賑わっている。

今まではバンドによるライブが行われていたようだが、現在は幕が下りていて準備をしていることが伺える。




空いてる席を見つけて未来くんと一緒に座る。


しばらくたって、ブザー音が響いて館内が静まった。



おぉ……雪村くんジュリエットだ。

随分でかいヒロインですね!



学祭、ということもあって壮大な物語はサクサク進む。サクサク。




ロミオもジュリエットも死んで、物語は終わる。
不幸に不幸が重なった悲劇。


再びブザー音が響いて、拍手で包まれる会場。



……意外と本格的だった。

雪村くん可愛かったし、でかいけど。



ざわめく体育館を後にする。



『あぁ、未来!あなたはどうして未来なのっ?』


この、さきほどの劇中にも出ました、有名な台詞。
彼に向けて言ってみました。



……あぁ、やめて。白い目を向けないで。

こういう有名な台詞って言ってみたくなるじゃない。



例えば

『見ろ!人がゴミだ!』

「その台詞は初めて聞きました。何断定してるんですか」




別にこの人ゴミに向かっていった訳じゃないです。えぇ、違いますとも。





『あなたはどうして未来なの?』

「両親が「未来」と名付けたからなんじゃないですか」

『冷たい』



ノってくれたっていいじゃない。

ノリ悪いんだからー。




淡々と前に進んでいく未来くん。

置いて行かれてる。



……本当、冷たい。

『蓮のところにでも行こうかなー』




ぴたり、と。

私の言葉に未来くんが止まる。




ビンゴ。



「……さっきから何なんですか」

『それは私の台詞。拗ねてるの?』

「拗ねてると思いますか?」



えぇ、思います。

まぁ、この場合は拗ねるともまた言い方は変わるのだろう。




騒がしいはずの周りが気にならない。

未来くんに手を引かれて階段を上っていく。




ついた場所は、音楽室。


こんな時にすら使用されていなくて、防音室でもあるからか中はありえないくらいに静かだ。



「腹が立つんですよ」




目を、嫌そうに細めて。

未来くんが私を睨み付けて言った。




2人の間には、微妙な距離感。





「大和会長も蓮先輩も、杉山先輩も、雪村にだって。妃代先輩が、誰かといるだけで、モヤモヤする」

『知ってる?未来くん』





その感情を。



「嫉妬だと言うんでしょう?」



今、向けられた感情が。

いつものように本気かもわからない堂々としたものであったのなら。

どんなに、楽なんだろう。



「僕はあなたが好きです」



真剣な顔で、そう言い放つ。


誰でもいい。
そういった春の少年はもうそこにはいない。


「あなたしかいらない」



目を細めて。

幸せそうに、笑うから。





『私は、』


選ばなくてはならない。


いつまでも、引き延ばしてはいけない。



私の、好きな人は……

誰?



「何、変な顔をしてるんですか?」

『……は?』



気がつけば、目の前の少年はいつものように馬鹿にしたような表情を浮かべていた。




「誰も今選べなんて言ってないじゃないですか」



いつも通りでいいですよ、だなんて。

いつも通りの表情で発する。



「ただ宣言しただけですよ。僕は妃代先輩が好きで、妃代先輩は僕を好きになる」




堂々と、当たり前のように。

笑って「じゃあ僕はそろそろクラスに戻らないといけないので」といって音楽室を後にした。





静かな音楽室でただ1人。
目を閉じる。




3人の顔を、表情を、仕草を……声を、ぬくもりを、優しさを。

思い浮かべて、ゆっくりと目を開いた。



そうだ、きっと。

私は……






“彼”に惹かれている。




 

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