わかりたいの





臨海学校が終わって数日。


私は何故か、囲まれていた。




「桃瀬!部活のマネージャーやらないか!?」

まぁ、こんな具合に。



女子マネージャー。
あぁ、なんて素敵な響きなんでしょう。


ってことで、私はいろんな部活から勧誘を受けています、マネージャーの。




部活ねー考えてなかったなー。



あぁ、でも、マネージャーとか、似合わないわ自分。


『えーと、あの、すみません私……』



「部活特に入ってないよね!?」
「うちの部活は週3で楽だよ!」




人の話聞く気ないんですか、この人たち。





あぁ、もうどうしてこういう時に限ってあの3人誰もいな――……

「妃代」




『……会長?』

よぅし、助けろ会長!

間違った。助けてくださいませ会長様!!



視線で助けを求めると苦笑して私に手を差し伸べる。




「話あるからこいつ借りてくぞー」


部活を勧誘してきていた人たちに笑顔でそう告げた。



何かを言おうとしかけたその人たちを制止するように、言葉を続ける。






「こいつ生徒会雑務だから部活の加入は無理。以上」



……は?



『私生徒会に入った覚えないんですけど』


生徒会室に入り、椅子に座った会長を見ながらそう告げた。

……うわー生徒会室広いなー。
机も椅子も豪華だし綺麗なソファもあるし!



「名目上だけな。雑務なんて仕事ないからな」

『じゃあなんで、』

「部活勧誘を断る理由にしろ、ってことだよ」



……あぁ、なるほど。

部活を断る理由をくれたんだ。



『ありがとうございます』




ソファに勝手に座って寝転がる。
うーん、ふかふか。



「こーら、何やってんだ」

『ふかふかしてたんで、寝てみたいなって思って』



「スカートめくれてんぞー。お前、男と2人きりのときにそんなことするとか、誘ってんの?」




いえ、全然。

スカートの捲れをさりげなくなおして会長を見た。



『思ったんですけど、会長って2人きりのときは何もしてきませんよね?』

「さてな。どうだか」




会長が机に手をついて立ち上がった。

ゆっくりと、こちらに近づいてくる。



コツリ、と靴の音が響く。
静かだからなおさら。



あれ、なんか、怖い……


ぞくり、となんだか寒気がして慌てて寝た状態から起き上がり座っている状態へと戻る。


でもその瞬間。


近付いてきた会長に再び寝ている状態へと戻された。

つまり……押し倒された、わけで。




『離して、ください』



「ははっ……そんなこと言われて離すと思ってるのか?」


いや、きっと、会長なら。


会長なら離してくれる……

って、あれ?




私、どうして期待なんてしてるの?


本当はわかってないくせに。
会長がどういう人なのか。



わかろうともしてなかったくせに。




「なぁー妃代、知ってたか?」




そうだ私は、嫌だ嫌だっていうばかりで。





みんなのこと、

わかろうとすることを
知ろうとすることを

しようとすらしてなかったじゃん。





「男はな、好きじゃない女でも襲えるんだぜ?無防備なら、なおさらな」


片手で、私の両手を押さえつけて。

会長の綺麗な指が私の唇をゆっくりとなぞる。




「離せって言われても離さない。嫌だって言われても自分の欲望に勝つことなんてできない。女は男に力で敵わないから、なされるがままだ」



冷めた目で、私を睨みつけるように見る。



「わかりましたか、お姫様?」



嘲るように、目の前のその人は笑う。



『は、い……ごめんなさい』


会長は私を抑えている手を離した、だけど、右手は掴まれたまま。


私の手を自分の口元に持っていき、ちゅ、と手の甲に軽くキスをした。




「ごめんな、痛かったか?」


それは、さっきとは正反対の笑顔。




『いえ、大丈夫、です』

「何かあったらいつでも俺を呼べ。守ってやるから」



突然響く、勢いよくドアを開く音。



「白鳥かいちょー!……って、なななっ、なにやってるんですかぁ!?」


まだ押し倒されたままなわけで。

入ってきた子は大声で騒ぎ出した。



……1年生だね。

その子はジャージを着ていて、彼が着ているのは1年生の青だ。



「おーおー。お子ちゃまには刺激が強すぎたか?」


くすくすと楽しそうに笑う会長。


私を起こしながら彼を見ている。



「妃代。あいつは1年の雪村正樹【ゆきむら まさき】。生徒会書記。見ての通りお子ちゃまだ」


身長は会長と同じくらいっぽいけどね。


「久々に来たのになんですかそれ!来なくなっちゃいますよ!?」



『久々って……』


生徒会員としていいの?



私の言葉に会長が反応する。



「あぁ、名前だけ入ってもらってるから。実質1人みたいなもんだよ」

「そうっすねー。俺はたまにしか手伝いに来ないし……」

『え?』



生徒会の仕事1人でやってるってこと?



会長だけじゃ生徒会は発足できないから、とりあえず名前だけ。ということらしい。



「というか!そういうことをするのは自分の部屋とかにしてください!」


雪村くんが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。



会長はそれをみて楽しそうに笑っている。



「桃瀬先輩っ、何か言ってよ!」


なんで私?
私には敬語使ってくれないのね……


『私は、』


言葉が出ない。



カッコイイ人は観賞していればいい。

そう、恋愛なんて不必要じゃん。


そんなもの私には、いらない。





“お前になんて興味ねぇし”





周りからしたら些細なことかもしれない。


でも、私は。

私は……




「妃代?」
「桃瀬先輩?」



『……っ、用事思い出したので帰ります!』




私は、誰よりも弱虫だから。
だから、前に進めないんだね。


行きたい、誰もいない場所に。
考えたい、自分の想いを。

どうしたいんだろう。
私は、どうしたいの?




怖かったのに、

嫌えない、なんて。


どうして?


上の階から聞こえてくる音に耳を傾ける。

……ピアノの、音?



階段をあがって音が聞こえる教室を見てみればそこは音楽室だった。

あれ?使われてないって言ってなかった?



ゆっくりとドアを開けると丁度弾き終わったらしい中にいた人と目があった。



「……妃代先輩?」

『え?あれ、未来くん……?』



未来くん弾けるんだ。


話によると、たまに音楽室を借りて楽器を演奏しているらしい。
だから綺麗なんだね、楽器たち。


しばらく無言の時間が続く。




無言を打ち破るように奏でられ始めた音。

綺麗な、壮大な音楽。



ピアノの丁寧で綺麗な音が音楽室に響き渡った。




それは、本当に、本当に優しい音で。


瞳から大きな粒がこぼれ落ちた。



だんだんとフェードアウトした音と共に、彼の低くもない声が私の耳に届いた。




「……泣かないでくれます?もっと不細工になってますよ?」






憎まれ口なんて気にならないくらい


優しい音で、綺麗な音で、繊細な音を紡ぐから。

未来くんが穏やかな表情で演奏するから。





『――感動、した』





私の言葉に未来くんが目を細める。



「ありがとうございます」


いつもの憎たらしい笑顔じゃなくて、優しい笑顔。



「僕、人の心を動かせるような演奏をしたいんです。だから、嬉しいです。ありがとうございます」



純粋な瞳。
幼い笑顔。

普段の未来くんとは違った表情だった。





本当に、音楽が好きなんだね。



だから、あんな綺麗な音を紡ぎだせるんだ。



未来くんは再びピアノに触れた。

今度は、さっきの音からがらりと雰囲気を変えた、明るくて楽しくなるようなリズム。



曲に合わせて未来くんの表情がくるくる変わって、それがなんだかおもしろくて。


『……あははっ』


思わず、声を出して笑った。




「……僕、跡取りさえ産めればいいって言いましたけど、それでも、妃代先輩に笑って欲しいって、思います」


優しい瞳で、未来くんが私を見た。


「好きかどうかなんて、もっとお互いを知ってから。その後でいいじゃないですか」



ゆっくりとそう告げる。

私の悩みを知っているかのように。


堂々と、ハッキリとした口調で言って笑った。






……好きになれるかどうかなんてわからない。

“恋愛”のラインを超えられるかわかんないよ。




それでも、そうだね。


まずはその“恋愛”のラインまで歩いてもいいかもしれない。


ゆっくりでいいから。
怖くたって、泣きたくなったって、イラついたって。



こんな風に、普段は見られないような意外な一面とか。


あなたたちのことをもっと、

知りたいんだって、
知っていきたいんだって、思ったから。


 

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