優しさに触れて3
その手に掴まろうとした瞬間、反対側に引っ張られた。
よろけながらも立ち上がる。
引っ張った主を見ると、不機嫌そうな蓮だった。
「……ひよこ、1時間目体育だから早めに戻るぞ」
『あ、うん』
手を引っ張られて、音楽室から出る。
「あれ、不機嫌になっちゃいましたね」
出る瞬間に、馬鹿にしたような未来くんの言葉が耳に残った。
『私ってどこで着替えればいいんだろう……!』
男子校に女子更衣室なんてものがあるわけがないじゃないか。
女子トイレはかろうじてある。行事とかで女子がくる機会があるらしいから、学校祭とかね。
トイレで着替えるか。
男子は教室で着替えるみたいだし。
着替え始める前に出よう、うん。
ジャージをもって教室を出て、1番近いトイレへ向かった。
ささっと緑色のジャージに着替えてトイレから出る。上はTシャツだけど。
ちなみに学年ごとに色が違う。1年が青で3年が赤。
トイレのすぐそばに大きなかげ。
蓮が入口の所に突っ立っている。
私が出てきてことに気がついて呆れたような表情を私に向ける
「おっせぇよ」
『え、なに?待っててくれたの?』
「おぅ」
初めて会った時と同じ笑顔。
やっぱ可愛いわぁ。
「時間ギリギリだから急ぐぞ!」
手を引っ張られて、グラウンドへと向かう。
グラウンドについた時、クラスの倍の人数がいた。
隣のクラスと合同なんだ、体育。
私たちがついたときに丁度先生も現れる。
御門くんに「女子は着替えるの遅いね」と笑われた。
……急いだんだけどなぁ。
「グラウンド5周ー!」
先生の合図で生徒たちがバラバラと走り始める。
いきなりこの広いところを5周!?
……そうか、男子と準備運動のメニューが一緒だ、辛いよ!
走り終えたころにはゼーゼーと息が荒い。
休み無く腕立て伏せなどの筋トレ類の運動へ移行する。
準備運動が終わる頃には汗だくだ。
陽くんに「桃瀬、大丈夫か?」と心配された。一応大丈夫です。
「今日は100mか」
「陽、壮介、1番遅かった奴が昼おごりな」
「おっ、受けて立っちゃいますよ〜!」
蓮、御門くん、陽くん。
……この3人仲良いよなぁ、何げに。
3人とも運動得意みたいだし。御門くんが意外だけど。
「あっつー……」
まだ春なのに暑い。
夏が近づいている証拠か。
シャツ汗でぬれてるけど、すぐ乾きそうだね。
走るけど、女子の私が同等な力を発揮できるわけがなく。
なんか、おいてけぼりだよ……泣くよ?
走り終わったので、次の順番が来るまで座って待つ。
うーん、暇。
喉渇いたなぁ。
「ねぇねぇ」
くすくすと笑う隣のクラスの男子が話しかけてくる。
『……はい?』
「下着、透けてるよ」
『は?』
ニヤニヤしてるその顔をぶっ飛ばしてやりたいと思う。
Tシャツを見てみると確かに透けていて、反射的に隠すように手を持っていく。
『わざわざ教えていただいてありがとうございます』
逃げ出したくて、私はゆっくりと立ち上がった。
嫌そうに私が言うとそいつは「どういたしまして」と軽く流して私を見る。
早くどっか行ってくれないかなぁ……
「いいなぁ、A組は。女子がいるっていいよねー」
はいはい、どうでもいいからどっか行ってー。
ゆっくりゆっくり後ずさっていって、みんなのところまで行こう。
「男子校に転校してくるとかすごいよなー」
後ずさりについてくるように近づいてくる、距離は少しずつ縮まっていく。
「そんなに男が好きなんだ?」
『はぁ!?』
無理矢理転校させられただけで、私の意思じゃないっつうの!!
止まった私を見て笑うそいつ。
「男にちやほやされたいから転校してきたんじゃない?こんな暑い日だったら透けるってわかるのに何も着てきてないし?なんなら俺が相手してあげようか?」
こっちがお断り!!
後ずさりを再開させた瞬間、
ドンっと、人にぶつかる感触。
「はいはいそこまで」
私の肩に軽く触れるように掴む後ろの人。
『御門くん』
「妃代ちゃんの旦那サマがお怒りになっちゃうよ?」
「なっちゃうじゃなくてなってるの間違いだろ」
陽くんも。競争終わったの?
ふわりと肩にかかったのはジャージ。
上から「それ着てろ」という声が聞こえた。
「おい、堂々とセクハラか?」
私の前に立つ、黒い笑みを浮かべた蓮。
今度は隣のクラスのやつが後ずさりをする。
身長デカイし迫力満点だ。
腰に手を当てて「ふぅ」とため息をついて前にいる人間を睨む。
「今なら許してやるから早く消えろ」
その蓮の言葉を聞いた隣のクラスの奴はあっという間に消えた。
許す許さないを決めるのは私では……?
「わー。蓮ちゃんのジャージ大きいから妃代ちゃんそれしか着てないみたいに見えるー」
「よーし壮介、目潰しとかかと落としと拳一発好きなの選んでいいぞ」
「冗談だからやめてください!!」
『……あはは』
なんだか気が抜けて、呆れたような声で笑い声を上げると蓮が私の方に視線を向ける。
「あはは、じゃねぇよ。今度から上着るとか、中に何か着るとか……なんか対策しろよ」
軽いデコピンをおでこにくらわされて、思わずおでこを押さえた。
軽いんだろうけど意外と痛い。
「……それか、俺から離れんな馬鹿ひよこ」
顔を上げると、蓮の顔は
赤かった。
けど、笑っていた。
『……え?』
「あれー?デレ蓮ちゃんだー」
「うるせぇ」
「珍し、くもないか」
「いっただきまーす!」
嬉しそうな声色で蓮が学食に手をつける。
結局、御門くんが競争に負けたらしい。
なんか、私まで奢ってもらっちゃったけど……
『いいの?』
「いいよいいよー。蓮ちゃんと陽ちゃんの量に比べたら安いもんだー……」
遠い目してるよ、御門くん……
多すぎでしょ、2人とも。
遠慮を知らないのか。
「タダ飯ほど美味いもんはねぇだろ」
……あー、貧乏だったっけ?蓮の家。
嬉しそうにしちゃって、まぁ。
「タダ飯食べたいならお嫁さんに作ってもらいなよー。はぁ」
「嫁って……ひよこに迷惑かけるのはちょっとなぁ」
嫁とか旦那とか……まだ決まったわけじゃないし、私その気ないし。
御門くん、そういうのやめようか。
『まぁ、たまになら作ってあげてもいいけど』
料理好きだし……実力が伴ってるか?と聞かれれば答えは「NO」だけどね!
「まじでー?」
笑顔を見せるな。
私、なんかその笑顔に弱いんだから!
「ありがとな」
笑う彼をちらりと見て「どういたしまして」と呟く。
『……さっきは、ありがとう』
小さく、お礼の言葉を呟いて。
蓮の顔を見るとそこにあったのは優しい微笑みだった。
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