歌が聞こえた。
綺麗な歌だ。
男の人が、ベンチに座って目を閉じながら歌を紡いでいた。
「はじめまして」
私の言葉に、男の人はゆっくりと顔を上げた。
「……あぁ、そうか。君は人のことを覚えられないんだっけ」
どうやら私はこの人の知り合いのようだ。
私は「人に関すること」を覚えられない。
だからこの人も、知らない。
「ごめんなさい、あなたの名前は?」
「構わないよ。俺は久住、よろしくね兵器さん」
「それ、私の名前?」
「名前じゃないけど、俺は君の名前を知らないもの。君はゴミ箱に来たときから自分の名前を知らなかったろ」
「ゴミ箱?」
「俺らの部隊の名前だよ」
ゴミ箱。
滑稽な部隊名ね。
遠くでくすくす笑う人間2人が近寄ってきた。
「ゴミ如きがここに出てくんなよー引きこもってろよ」
馬鹿にしてきている、ようだ。
久住さんは呆れたように笑ってベンチから立ち上がった。
「部隊ごとに使用禁止な場所なんて決まってないでしょ」
「うるせぇな、格下は黙ってろよ」
会話ができないのだろうか。
男たちはえらそうに久住さんにつかみかかった。
「人間崩れの人造兵器と奴隷上がりが一緒の場所にいるとか気持ち悪ぃだろーが」
「惨めだよなぁ。ただでさえ酷ぇのに、ゴミ箱とか。クズは最後までクズなんだよな」
言いたい放題。
人間崩れの人造兵器って、私のこと?
まぁ、人体実験されたことは、一応覚えている。
……奴隷は久住さんのことだろう。
久住さんは黙っている。
感情のない目で、つかみかかった男を見ていた。
「奴隷って性欲処理に使われるんだろ?男なのに」
下品に男は笑う。
表情のなかった久住さんが、ふっと笑った。
「……試してみる?」
「は……っ!?」
久住さんはつかみかかっていた男を、いとも簡単に投げつける。
男を地面にたたきつけて、容赦なくその上に乗った。
「ヤりたいなら殺ってあげようか?イきたいなら逝かせてやろうか?」
楽しそうに、
久住さんは男に拳銃を突きつけた。
2本。
もう1人にも、的確に銃を向けている。
「あんたが今まで酷く扱っていたゴミ箱の人間は弱かったのかもしれないね……でも残念、ゴミ箱の腕のレベルはピンからキリまで」
す、と視線を私に向ける。
「あの兵器さんなんかは、最高に強いね」
笑顔が怖い。
笑顔が怖い人なんているものなのか。
……私は、今までそんな人がいたかもわからないけれど。
「C班如きが威張ってどうすんの……相手の力量も図れずに喧嘩売ってんなよクソ早漏野郎が」
あぁ、久住さんも相当えげつない。
男2人は慌てたように逃げていった。
溜め息を吐いた久住さんは拳銃をホルダーに仕舞う。
「グロッグ改造したばかりだったから、的にでもなってくれれば嬉しかったんだけど」
……聞かなかったことにしよう。
「ただの的じゃ威力わかりにくいんだよね。クズみたいな人間だったらぶっ放してもいいかと思ったのに。実戦で使うしかないか」
聞かなかったことに……
柔らかい笑顔を浮かべた久住さんが「リヤン」と名前を呼びかける。
わん、と犬が近寄ってきて、建物の中へと向かっていった。
「またあとで、戦場でね、兵器さん」
「えぇ、じゃあ」
彼に別れを告げる。
惨めだと言われた。
これが惨めだというのなら、別に惨めだっていいじゃないか。
私は惨めじゃなくて弱いのより、
惨めで強い方を取ろう。
惨めでもいいじゃないか