ふたりのはなし。 | ナノ




「綾瀬ぇ、これ頼むわー」

上司が仕事を俺の机に追加する。

「綾瀬くん、本間さんとの取引どうなった?」
「……あぁ、それなら明日の午後にあちらの会社で会議があります」
「そう、引き続きよろしくね」


ばたばた、ばたばた。

仕事が皆忙しいのか慌ただしく時間が過ぎていく。


「綾瀬ー、これまとめ、今日の帰りまでによろしくなー」

ばさり。また追加。
置いていった上司は前パソコンでゲームしてた。
遊ぶなら自分でやれ。

「三村さん、できるだけ努力はしますが今日まではちょっと難しいです。隣の会社への資料も今日までで……」
「急ぎだからよろしくなー」

上司は俺の言葉も聞かずに自分の席へと戻って言った。

溜め息を小さく吐いて、資料に目をやる。


ひょこ、と、後輩が俺を困ったような顔で覗き込んできた。


「あ、綾瀬先輩、今大丈夫ですか?」
「んん、うん。何?」
「来週締切の新規商品の企画書のことで質問が」


新規……何だっけ。
後輩の持っている企画書を覗きこむ。

あぁ、これか。


「あぁ、これなら山中課長の方が詳しいからそっちに聞いた方が──……」
「課長が、綾瀬先輩に聞けと……」


うわ、仕事放棄しやがった課長。

課長の方を見るとその本人と目が合う。
頬杖をついて悠々としていた課長が目が合うなり俺にピースサインを向けてきた。


いや、ピースじゃないよ。


困ったような後輩を放って置くわけにもいかず、
「えーと、これはね……」
言葉を聞きつつも、説明をしていく。


「ありがとうございます!」
「うん、頑張って」


一通り説明を終えると、後輩は安心したような表情で席へと戻る。


それから急いで仕事をこなす内に、いつの間にか昼の時間があっという間に過ぎていた。

弁当、食べ逃した。
今からでもいいかな。さくっと食べちゃえば。

おなか空いた。
眠い。


弁当を静かに机に広げた。
休憩室でのんびり食いたいけれど、移動の時間も惜しい。


いただきます。
心の中で呟いて、お弁当に箸をつけた。


うん。美味い。

もぐもぐと口を動かして頬を緩める。
真琴の料理、美味いなぁ。



「おい綾瀬、ゆっくり食ってるのもいいがちゃんと仕事しろよ」


後ろを通った課長が、冷ややかな目で俺を見た。


「……すいません」

ゆっくりなんて食ってない。
今ようやく昼飯にありつけたんだ。
誰のせいで昼飯がこんなに遅くなってると思ってんだこんちくしょう!

とりあえず形式上謝って気持ち早めに弁当を綺麗にしていく。


ひょい、と玉子焼が浮いた。


ぱく、と後ろの人物の口に運ばれて。
それはすぐに姿を消した。


俺の最後の、玉子焼。


「まーちゃんの玉子焼、美味しいわ」


そこにいたのは喜田さんで。
いつの間にやら仲良しになっていて、真琴のことをまーちゃんだなんて喜田さんは呼んでいた。

……いつの間にあだ名で呼ぶほど仲良くなってんの?


「……喜田さん」

「あ、そっちのサラダももら……いひゃいいひゃい」

「人の弁当に手ぇ出さないでくれません?」


ぎりぎりと喜田さんの頬を抓りながら睨みつけた。

怖い。上司になんてこと。
喜田さんはふざけたように泣いたふりをした。


……疲れるんだけど。


「『旦那様』が綾瀬だとはねぇ」

喜田さんが首をうんうん捻りながらぽつりと呟いた。

何を言っているのかこの人は。俺には理解しかねる。



「まぁ仕事はできるし?顔もそこそこいいとは思うけど?何分性格が意外と悪いたい痛い痛い!」


なんだか腹が立ったのでもう1度抓っておいた。


「そういうとこよ!」


後ろで文句を言っているが、友人みたいに接してくれと入社時に言ってきたのはその人なので問題はない。
放置。


上司に声をかけられた喜田さんは俺の近くから去った。



食べ終わった弁当箱をしまって、再びパソコンと向き合う。


また、上司に仕事を押しつけられて。デスクの上は資料だらけだ。



「……無理」

ぽつりと本音が漏れる。

もう無理、無理、無理。
眠い、寝たい。


目元を押さえて、深くため息を吐き出した。

ケータイが振動して、メッセージが来たことを告げる。



【油揚げ仕事帰りにかってきて〜:真琴】


真琴からのメッセージに目元を押さえる手を少し離して返事を打った。


【残業っぽいから遅くなると思うけど大丈夫?:瑛太】

【じゃあいいや!今日はえーちゃんの大好きな大根の味噌汁とちゃんちゃん焼きだよ!頑張ってねダーリン!:真琴】



いいなぁ食べたいなぁ。
早く食べたい。


ふふ、と笑みを零してケータイを置く。


パソコンに向き合って仕事を再開する。
もう少し、頑張ろう。











結局今日も残業で真夜中に帰宅。

エレベーターで上まで上がって家の鍵を使って開けた。



ただいま。
小さな声で告げてみる。

もう寝てるかな。



「おかえりなさい!」

真琴は夜中にも関わらず笑顔で出迎えてくれた。
可愛らしい笑顔を、眠いかもしれないのに向けてくれた。



やっぱり、いいなぁ。

真琴が家にいてくれること。

……友人であるシスコン大河にそんなこと言ったら地の果てまで追いかけてきそうだな。



真琴を抱きしめると彼女は嬉しそうに抱きしめ返してきた。





─俺だって君にベタ惚れなんです─
(ただ普段そこまで表に出さないだけ)





「ごはんにする?お風呂にする?それともわ・た・し?」
「それはもういいよ……全部いただきます」





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