「別れよう、別れよう」
呪文のように、ぶつぶつと。
「私たち、別れよう?」
繰り返すその人は頭を抱えていた。
その繰り返してる人物といえば、頻繁に遊びに来るえーちゃんの友人。
つまり、晃くんなわけで。
沈んだ様子で我が家に訪れてはソファに座ってずっとこの調子だ。
「なんだあれうっとおし……」
ココアを飲みながらえーちゃんが意味もなく左右に小さく揺れる。
ゲームでもするのかと思ったのに。
何しにきたんだろ。
「……大河召還」
困ったときのお兄ちゃん召還。
役に立つとは思えないけど。
時間が経過してお兄ちゃんが登場した。
「何なんマジ。寝れないんですけど……」
「大河あれ任せた」
あれ、と晃くんを指差して。
呑気にえーちゃんはココアのおかわりを作りにいく。
「おい瑛太!……真琴、何あのきのこ生えそうな晃は」
「わからないからお兄ちゃんを呼んだのです」
下手に手を出したら何が起こるかわからないじゃないか。
犠牲になってくれたまえ、高橋大河特攻兵殿よ。
「お兄ちゃんお茶とコーヒー」
「コーヒー」
うーい、と返事をしてコーヒーを入れにいく。
ケトルでお湯を沸かしていると楽しそうな声が聞こえてきた。
「え?お前フられたの?まじ?非リアになったの?」
お兄ちゃんそれあかんやつや。
案の定、鈍い音が響いた。
あーあ、痛そう。
見えなくても吹っ飛ばされたことがわかる。
キッチンからリビングを覗くと晃くんがお兄ちゃんを足蹴にしていた。
兄が酷い扱いを受けているのを見た妹の気持ちも考えてよ。
本気暴力じゃないからどうでもいいけど。
じゃれあいじゃれあい。
「ふ!ら!れ!て!ねぇ!よ!」
ものすごく強調してらっしゃる。
でも私たち、別れよう?ってことは明らかに文香さんからの言葉でしょそれ。
「お前何したん、文香さんに」
お兄ちゃんのお陰で話題を振れるようになって、えーちゃんはさらっと言葉を吐き出す。
特攻兵お疲れ様です。
「何もしてねぇし」
「じゃあ性格に難ありなんじゃねぇの」
それも言っちゃあかんやつや。
でもえーちゃんには暴力は飛んでこない。
眠いからかお口がちょっと悪いです瑛太さん。
「……例えばな?」
神妙な顔で晃くんが人差し指を立てる。
じっとえーちゃんを見つめて真剣だ。
「おめぇがよ、真琴に『年齢離れすぎだしやってけない、別れよう』って言われたらどうすんのよ」
「そんなことあり得ねぇべや例えばもクソもねぇわ」
信頼?されてるのは嬉しい。
しかしえーちゃん例えばなんだからちゃんと答えてあげて。
機嫌悪いんじゃなくて顔なじみ悪友相手だから素なのかこれ。
「……真琴だったらどうする?」
「晃くんと文香さんってそんなに歳離れてるの?」
「5、そんなに離れてねぇ」
私たちと同じくらいだ。
「というかお前ら結構長くなかった?今更歳が云々なんて変じゃね?」
お兄ちゃんが起き上がって口を挟む。
「だから納得いかねぇんだよ」
晃くんは頭を抱えて溜め息を漏らす。
うーん、文香さんが晃くんを嫌いになった、わけじゃないか。
「はっきり聞いて腹割って話し合うのが一番だろ。もしマジで今更年齢が気になるって理由なら……」
うん、5歳差ってことは文香さん30手前だ。
改めて気になったのかもしれない。
周りとかに指摘されたのかもしれない。
「晃自身は気にしてねぇって伝えろや」
えーちゃんは呆れたように首をかく。
乱暴な言葉遣いのえーちゃんもかっこよすです。
私には優しいから言葉遣いも乱暴にならないんだよね。気を使ってるとかじゃないのはわかるんだけど。
たまにこんな感じで乱暴に喋ってくれてもいいのよ?わくわく。
マゾヒストか私は。
「でもよ、」
「最終手段でもくれてやろうか?」
「……何よ。何かあんの?」
「結婚しろ」
最終手段とは一体何だったのか。
何ですか、無理やり結婚して手放さない手段?
晃くんも突然の言葉に顔をしかめる。
「結婚すりゃあ相手の年齢なんか気になんねぇべ」
男前だわ。
何その無理やり理論。
「じゃあ私たちも結婚しよ」
「真琴はまだ学生なので駄目です」
辛辣。
2度目のプロポーズ、失敗。
何で敬語なのですか。
「……そうだよな。話、してみるわ」
「というかまず俺ん家を避難場所にしないで下サイ」
友達だよね?えーちゃんそういうこと言っちゃダメだよ?
晃くんがケータイを手にとって電話をする。
しばらくして、耳からそれを離して私たちを見た。
「邪魔したな」
「本当な。ついでに大河も帰ったら?」
「お前ら俺の扱い酷いな!?」
「お兄ちゃんだし仕方ない」
何だかんだ晃くんから報告の電話が来るまで、心配そうなえーちゃんでした。
─お友達の恋愛ごと─
(電話きたときのえーちゃんの安心した顔がたまらなく可愛かった)
「晃と文香さん結婚するって」
「まじですか!?」
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