ふたりのはなし。 | ナノ




動画を見ながらお菓子を食べる。


今見ている実況動画はとても感動すると話題のフリーゲームだ。


『君は信じてくれるの?……僕を』



実況者が優しげな男の声でアテレコする。


『当たり前じゃない』


そして、落ち着いた女の声でアテレコした。


何がすごいって、そりゃあこれを1人で演じ分けているというところ。


所謂「両声類」というやつだ。
男の声も女の声も出せる人。



私もできるっちゃできるけど、おっさん声で。
こんなイケボも美少女ボイスもでませんが?



実況者『まっきー』


私と仲の良い実況者の1人で、イケボと美少女ボイスが売りの人。

性別は不明で、リスナーさんたちでよくまっきーの性別はあーだこーだと争いが起きている。


仲の良い私も、ツバサさんも彼?彼女?の性別を知らない。



トークをしている地声らしいそれも中性的で微妙な感じだ。

ツイッターでもそういった服とか、写真をあげることがないからわからない。

謎の人物。




『それでは次回、お会いしましょう』


まっきーの最後の挨拶を聞き終わって動画を閉じた。




「ただいま真琴」


「あっ、おかえりえーちゃん!」



えーちゃんの声に私は部屋から出て出迎えようとした。

……えーちゃんは女の人を抱えていて、疲れたような表情だった。


「堂々とお持ち帰りですか浮気ですか」

「彼女と同棲してるのにそれすごいね?」



してるのはあなたですが!?

どうやらべろんべろんに酔った先輩のようだ。
今日は仕事先で飲み会があったんだっけ。


家が近いえーちゃんが押し付けられて、先輩の家もわからずに結局家に連れてきたらしい。



「喜田さん、さっさと寝て。で、酔い覚めて起きたら帰ってください」

「うえー、先輩になんてことぉ言うだぁ綾瀬ぇぇ!」


喜田さんと呼ばれた先輩はぐりぐりとえーちゃんにくっつく。

なんていうかその、酔っぱらってるから仕方ないとはいえ、
不快である。

私のえーちゃんに。
私のえーちゃんに!



「うはぁ、ちょお可愛い女の子いるんですけどぉ、スケベしようやぁ」



私を見ながら喜田さんはにへにへ笑う。
大丈夫かこの人。

喜田さんが床に崩れて寝始めた。


大丈夫かこの人。



大事なことなので2回言った。




「……今日泊めるわこの人」


えーちゃんが疲れたように首を回しながら着替えに行く。

タオルケット持ってこよう。寒いでしょ流石に。












「……ごめんなさい、本当」


朝、ショートカットの女性は本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。

酔っぱらい時からは想像がつかないくらい落ち着いた女性だ。



「酔っぱらっていた挙げ句、私変に絡んだみたいね」


「いえ、大丈夫です」



顔を少し赤らめて彼女は目を逸らした。


「朝食どうぞ」


喜田さんの前に料理を差し出すと彼女は優しく「ありがとう」と笑う。



「あら、美味しい。綾瀬のお嫁さんはできた子だね、私がもらおうかしら」


スケベしようやから変わってないじゃないか!!


「あげませんけどね」

「残念」



落ち着いたキャリアウーマンの彼女はくすくす笑う。

空になった皿を下げて、にこりと笑った。


「御馳走様。美味しかったわ」


喜田さんは私の頭をくしゃりと撫でて礼を口にした。

綺麗な大人だなぁ。
目指せこんな素敵な人、だね。


スケベしようやは言わないけどね!

私がおっさんボイスで言ったらまじで変態だからね。



「折角の休みだから早く帰らないとね」

「旦那さんに怒られればいいんですよ喜田さんなんか」

「何だ綾瀬、彼女とイチャイチャする休日の時間を邪魔したのは悪いけどそんな言い方ないでしょう」

「それだけじゃなくて酔っ払いに絡まれて心底疲労してんすよ」


目を細めてわざとらしく疲れたような表情を作るえーちゃん。



喜田さんは苦く笑ってもう一度礼を述べて、家から出て行った。



玄関から視界をずらすと、えーちゃんが私をじっと見ている。


「……喜田さんみたいになりたいなとか、思わなくていいからね」

何故バレたし。


「あの人、ぱっと見できる女かもしれないけど中身おっさんだから」

「……わいが中身までおっさんになったらただのおっさんやんけ」
「そうだね、その声やめて?」


えーちゃんが少しだけ笑って私の声を指摘する。

酷いなぁ、いいじゃないか、おっさんボイス。



ゆっくりとえーちゃんは私に抱きついて頭をぐりぐり押しつけてくる。



「寝よ」

「また寝るの?」


まぁ、あまり寝れてないのかもしれないけれど。

私はそんなに眠くない。


えーちゃんは睡眠いっぱい休みの日に取らなきゃいけないからね。

不機嫌モードに入らないように。



ずるずると引きずられてベッドにダイブ。


人を抱き枕にするのやめよ?

生殺しやめよ?襲うよ?



人の気持ちも露知らずえーちゃんはすやすや寝始めた。


それでもあなたは男なのですか。
それとも私に魅力がないのか、むむむ。

両方な気がするぜぃ。


溜め息を吐いてツイッターを開く。



〈まっきー:部下の嫁可愛かった〉


うわーまたツバサさんが変なこといってるー……あれ、まっきーだ。



……んー、いやいや、偶然だよね?

最近ツバサさんと遭遇したしそんな偶然何度もないよね?

しかもこの発言私が自分を可愛いって思ってるみたい。きゃあ私ナルシスト。



〈まっきー:泊めてもらった挙げ句に朝飯もご馳走になっちゃったよー。今度部下にお礼せねば〉

〈まっきー:早く帰らないと小言が飛ぶぞ!〉


うん、めっちゃ一致するんだけど。

えーちゃんが旦那に怒られろとか言ってたし。



リプライ……うん、リプライじゃまずいのかもしれない。


ダイレクトメールで「良かったらまた遊びに来てください、スケベはしませんけど」なんて“彼女”に送りつけておく。



違ったらとても恥ずかしいけど、東京在住のはずだし一致しまくってるし。



ダイレクトメールで「ま、まーちゃむちゃん……えーと、綾瀬のお嫁さん?」だなんて返ってきた。

ビンゴ。

でも違ったら困るから名前は出しちゃ駄目ですよー。


肯定の返事を返す。



少し後にリプライで返事が返ってきた。



〈まっきー@まーちゃむ:まじかよ〉

〈まーちゃむ@まっきー:まじっす〉


喜田さんがまっきーなのか。


女の人なんだ。
結婚してるんだ。

えーちゃんより年上だよね……意外だ。


ネットでは性別不明だから一人称僕、にしてるのかな。



「本当に迷惑掛けてごめんなさい。また遊びに行きますね」
まっきーこと喜田さんからそんなダイレクトメールが届いた。


是非是非。
コラボ実況とかもやりたいな。





─案外世間は狭いようで─
(特別なことを知ってしまった)



旦那様の上司は嫁の友達。





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