さよならと
結局さ、私ばかり雄大のことが好きなんだよ。
飲みに行くねって言ってもやっぱり楽しんできてと笑うだけ。
誰と行くの?
どこにいくの?
束縛してほしいわけじゃないけど、少しくらいは聞いてほしい。
そしてとうとう、私はあの結論に至った。
「別れよう」
日常のようになった雄大の家に泊まった次の日の朝。
雄大にそれを告げると、彼は目をまんまるにさせて私を見た。
「……何で?」
「雄大を解放してあげなきゃと思って」
好きでもないのに拘束されてんのも可哀想じゃないか。
イエスマンは断れずに私と付き合ってるんだから、私から離れればいい。
そしたら、それこそ好きな人と付き合えるでしょう。
好きな人いるのかはしらないけど。
「ごめんね、1年も拘束して」
もう、いいよ。
そんな言葉を吐き出した。
なんだかさ、1人で盛り上がって悲劇のヒロインぶってる女みたいじゃん。
うざったい女だって思われるかもしれない。
でも、本当に。
思い違いなんかじゃないんだと思う。
だって1年。1年も付き合ってるのにそれなりの行為どころか「愛してる」……「好き」って言葉すらもらえないんだもん。
正確に言えば、もらえないこともない。
私が「私のこと好き?」って聞けば返ってくるよ。
「うん、好きだよ」って。
君から言ってくれないよね、そういうの。
いいや、って言えないからそう返してるだけなんじゃないかな、とか思っちゃうんだよ。
雄大は目を逸らして口をぎゅっと閉じる。
何かを言いたげに口をもごもごさせた。
いつもみたいに言ってくれればいいのに。
肯定の言葉を。
わかった、バイバイ。ってそれだけでいいの。
「何それ」
ようやく返ってきたのは肯定ではなく疑問の言葉。
何それ、って。そのままの意味だけど。
断れなかった可哀想な雄大を、自由にしてあげようっていう話。
「好きでもないのにお付き合いくださりありがとうございました」
丁寧に頭を下げながら言葉を吐き出す。
なんだか皮肉めいたものになってしまった。
まぁ皮肉も言いたくなるもんだよ。
何か言おうと口を開こうとする雄大に気がつかず私は立ち上がり玄関へと向かう。
言い逃げ。
だってこの場にいたくない。
ちゃんと肯定の言葉をくれればいいのに。
「じゃあ私、先に会社行ってるから」
普段は雄大の方が早いのに、私はそそくさと玄関から出た。
早めに行ってもやることないや。
どこかで時間つぶそう。
そう思ってケータイをマナーモードにして近くのコンビニに入った。
好きなマンガ雑誌が今日発売だったのでラッキーとか思いながら手をつける。
少女マンガだったら。
大抵は結局両想いになってハッピーエンドだ。
好きなマンガに目を通して、次はファッション雑誌を選定する。
まだ時間があるから、こっちは買って会社で読もう。
選んだ落ち着いた大人のファッション雑誌を手にとった。
隣にあった幸せそうな女性が表紙の結婚情報雑誌を一瞥してお菓子コーナーに向かい飴を選ぶ。
それらを一緒にレジに持って行き会計し、私は会社に向かった。
ギリギリまで仮眠室で雑誌を開く。
スーツがしわになるのも気に止めず寝転がってぱらぱらと捲った。
仮眠室には残業をしたのか昨日からいたらしい人たちが寝ている。
ご苦労様です。
自分の課に行けば始業のチャイムでみんなが仕事に取りかかり始めた。
雄大がいない。
そういえば彼は朝から他の会社と取引だったっけ。
「……い」
結構遠い会社だったはずだから帰社は昼過ぎだろうか。
どっかで食べてくるんだろうな。
「おい」
「……何?」
相模が何とも言えない顔を浮かべて私のパソコンを覗き込む。
「何の商品の企画書か知らねぇけど高すぎだろさすがに」
「うわ!間違った!」
無意識に0を連打していたらしく商品の価格の桁がやばいことになっていた。
絶対に売れないこのスカーフ。高級すぎでしょ。
バックスペースを何度も叩いて消していく。
何度かミスをして、昼近いからと休憩に入った。
「……気を引き締めねば」
自分の頬を軽く叩いて外に出る。
コンビニでお弁当を買って会社に戻った。
さっき一緒に買っておけばよかった。
休憩室に行くとそこにいたのは雄大だ。
ソファに座ってテレビを見ている。
音で私に気がついたのか、ぱちりと目があった。
げ。
いや、げっていうか。私から別れを告げたんだから普通にしててもいいんじゃない。
嫌がる必要ないでしょう。
私が嫌がる権利、ないでしょ。
「明菜ちゃん」
雄大が立っている私を見る。
まっすぐと。
「……何でしょう?」
「何その態度。よそよそしいの」
何だか雄大の声はただでさえ低めの声なのにやたらと重低音な気がした。
怖いから、その声。
「普通じゃない?」
そう。
雄大は小さくつぶやいて目を逸らす。
私は入口の近くの席、雄大の座るソファから離れた所を選んで座る。
ちらりと雄大を見ると、彼はまた私を見ている。
ゆっくりと立ち上がって近付いてくる。
お昼に来たから今出ていくのもおかしい。
そもそも私が逃げる必要もないよね。
……じゃあなんで私は逃げたいな、とか思ってんの?
やましいこと、あるわけじゃないのに。
好きなのに、別れたから。
まともに否定の言葉をもらえば泣いてしまうかもしれないから?
馬鹿みたい。
そんな自己中で弱弱しい女なんかじゃないんだけど。
「話、あるんだけど」
「私は君に話なんてない」
「聞いてよ」
「聞かない」
「聞けよ!」
突然の大声に私はびくりと体を揺らす。
雄大はまずったと言いたげな表情を浮かべてまた目を逸らした。
君、目を逸らすの好きだよね、本当に。
昼休みなのにも関わらず休憩室に人が全然いなかったのが幸いだったと思う。
早めに昼休みをもらったからかな。もうすぐしたら人が来るかもしれない。
「……俺のこと、嫌いになったの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、何で?」
「私のこと好きでもないのに断れなくて付き合ったんでしょ?」
「……そんなこと、ないよ」
わからないんだもん。
子供が駄々をこねるような言葉を小さく漏らす。
「好きとか、態度に出してくれないから」
私のこと好きでいてくれるかもしれないだなんて、今さら勘違い。
だって珍しく引き下がってくれない。
「付き合ってる意味、ないんじゃない?」
でも、好きとかそんなことないんだろうなぁ。
ただ、突然言われて不思議なだけでしょう。
黙った雄大。
タイミング良く、相模が休憩室に入ってくる。
「……あれ、お邪魔さん?」
「……別に。俺仕事に戻るから」
雄大は私に視線を向けないまま休憩室から出ていく。
相模は雄大が出ていった扉をしばらく見つめた後、私に視線を持ってくる。
「何、喧嘩?」
「いや、別れた」
「わぁお」
無感情な言葉で相模が笑顔でそんな感嘆を出す。
何で、とか相模は聞かない。
理由は単純。「面倒くさい」から。
恋愛のごたごたは仕事以上に「やっかい」で「うっとおしい」から。
そんな理由だ。
私の同僚は一癖あるというか個性的というか。
曲がってるというか、馬鹿というか。
まぁ、私もその中に含まれているのか。
「んじゃあフリーなの」
「そういうことになりますね」
「じゃあ俺と付き合わない?」
その言葉に、私はゆっくりと相模を見上げた。
何言ってんの、こいつ。
相模は私の隣に座ってパンの封を切った。
「あんた、私のこと好きなの?」
「いーや、全然」
全然って。
恋愛的な意味で全然、ってことだよね。
同僚としても好きじゃないとかだったら普通に悲しいんですけど。
「大和撫子じゃねぇけどさー、気使わなくていいし猫かぶんなくていーじゃん」
楽でしょ。とへらりと笑う。
その笑顔の仮面崩してやりたいわー。
「付き合ってく内に好きになるかもしれないし。つーかもうハズレばっかで妥協も必要だわ」
「確かに気は使ってないね、クソ野郎」
ハズレって合コンのことか。
食事を済ませて立ち上がる。
「ま、考えといてくださいよ佐島さん?」
冗談めかしてそいつは手をひらりと振った。
本気で言ってんの?
仕事に戻っても結局問題が、心のつっかかりが増えたわけで。
さらにミスが増える増える。
仕事を残業して、終わる頃にはもう夜。
「終わった?」
横に立っていたのは相模。
珍しく残ってるなぁとか思ってたけど、画面をのぞき込んだらゲームしてやがった。こいつ。
「終わった」
「ん。じゃあ帰ろ」
「何であんたと」
「寂しい女を送ってあげましょうかと。だってお前見た目はいいじゃん中身は別として。変態と遭遇するかもしんねぇし」
あぁ、送ってくれるの。
色々余計な言葉ついてるけど。
好意に甘んじて相模と共に帰ることにした。
雄大はヘッドホンをして集中モードだ。
音を文章に書き起こす仕事でもしているのだろう。
外に出ると夜だからか風がやたらと冷たく感じる。
くしゃみをすると、相模は私に自分のマフラーを巻いた。
さりげない優しさがある奴だ。
それこそ妥協すれば彼女がすぐにできるだろうに。
ぎゅ、と手を繋いで歩き始める。
恋人繋ぎ
カレカノじゃん。
今更そんなことで照れたりしないけど。
もう24歳だしね。
いやぁ、どっかのイエスマンは照れるんだろうな。
「あ、そうだ。ホテル行かね?」
いきなりすっ飛んだな。
愛想良く営業スマイルな相模。
いきなりホテルってあんた……
「段階踏めよ」
「付き合ってく上で体の相性って大切だよな」
「付き合うとか言ってませんけど」
「俺さぁ、割と彼女できた当日にやることヤるわ」
こいつ話聞けよ。
うわぁ、大和撫子がタイプって言うくせにすぐに女喰うのかよ。
おかしいでしょ、大和撫子って結婚するまで性行為いたしません。ってイメージだけど。
軽い大和撫子とかもう大和撫子じゃないから。日本美人系ビッチだからそれ。
相模に向かって溜め息をわざとらしく吐き出すとそいつはからから笑う。
「そっちも、他の男で忘れるのが手っ取り早いと思うけど」
つまり、利用していいからヤらせろ、と。
こいつセフレ欲しいだけなんじゃないか。
利用
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