ばいばいクリスマス

 クリスマスは大嫌いだった。
 とにかく大嫌いだったのだ。

 恋人がいないからではない。
 寧ろ女には困ってないし、リア充爆発しろ、だなんて言うタイプの人間なんかじゃない。

 それでも僕は、クリスマスが大嫌いだ。





「伊織ー、今日一緒に飲みに行かなぁい?」
「え、あー、ごめん。僕今日ちょっと用事、あるから」
「あぁ、今彼女いるんだっけ?」

 同じサークルの女の子がけたけたと笑いながら僕に手を振って離れていった。
 あぁ、まぁ。
 彼女はいるけれど。


「伊織」


 そう呼びかけてきたのは彼女で。
 振り返れば不機嫌そうなその子が僕をじっと見ていた。

「なぁに、桃香ちゃん」
「今日は流石に空いてるわよね?」
「えーっと、ごめん、僕今日ちょっと用事が……」

 その言葉に、一気に彼女の顔が冷めたものになっていく。

「へぇ、彼女がいるのに他の女と約束でもしてるの? それともバイト?」
「……」

 あぁ、信用されてないなぁ僕。
 まぁ、そんな生活をしてきた自身が悪いのだけれど。

 桃香ちゃんの髪の毛がふわりと揺れる。
 綺麗な髪の毛だなぁなんて呑気に考えてみた。

「ごめんね、埋め合わせはするからさ」
「い・や・で・す」


 何で敬語なのですか。
 ……とかそんな所じゃなくて。

 嫌ですって。
 何で。

「今日だけは譲らない」
「何で」

 僕の言葉に気にせず、桃香ちゃんはぐいぐいと引っ張っていく。


 あぁ、やだな。
 キラキラのイルミネーションとか。
 幸せそうな人とか。

 そういうの見るの、すっごく嫌だ。
 クリスマスなんだって思わされるから、嫌だ。

 彼女はきっとそんな普通のデートを望んでいる。


 けれど着いたのは僕の部屋だ。
 大学近くの、広くない部屋。


「……何で僕ん家?」
「いいから鍵開ける」

 横暴な……
 首を傾げてみたけど寒いし、雪降ってきたし。

 鍵を取り出して部屋へと入る。


「伊織」


 桃香ちゃんは部屋に入ってこない。
 寒くないのか。

 呼びかけに振り返る。
 彼女の手にはケーキがあった。

 2人用らしい小さなホールケーキだった。


「……何で」
「何で、ばっかりだね伊織」


 そこに書いていたのは。
「メリークリスマス」なんかじゃなくて。

「だって僕、言ってないでしょ……?」
「言ってたよ、1年の春の自己紹介の時に」


「ハッピーバースディ」だった。


「誕生日おめでとう」
「メリークリスマス、じゃなくて?」
「何で目の前にいる彼氏よりも先に誰かの誕生日だか死んだ日だかを祝わないといけないのよ?」


 あれ、クリスマスってキリストが生まれた日だっけ? 死んだ日だっけ?
 死んだ日って2月14日のバレンタインの話だっけ?
 よくわからない。
 よくわからないけど、どうでもいいや。


「ありがとう、桃香ちゃん」




 クリスマスが大嫌いだった。
 誕生日なのにクリスマスなのに、両親は帰ってきてくれなくて。
 2つの祝い事が同時に孤独を襲ってくるその日が大嫌いだった。

 けどまぁ。
 君がこれからも祝ってくれるのなら。
 真っ先に「誕生日おめでとう」と言ってくれるのなら。

 この日も少し好きになってやろうだなんて、思ってみた。




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