one

 私が目を覚ましたのは、燃えたはずの学校。
 私たちの教室。


「学校?」
「どうして?」
「つーか夜?」


 あたりを見渡すと外傷のないクラスメートたちが不安そうに話していた。

 外を見ると暗い。時間は……時計は、止まっていた。


 13時52分。もうすぐ5時間目が終わる時間。

 そんな時間で止まっていた……学校が燃えた時間も、そのくらいだった気がする。

 みんな覚えている。
 学校が燃えたこと。
 ただ、自分の身に何が起こったかは理解していない人も多いだろう。

 ……私は、生きていたのか。


 逃げ場がなくて、苦しくて。
 死んでしまったと思っていた。

 教室にはクラスメート全員いるようで、状況が理解できないがみんな無事だったようで安心した。



「学校は燃えたんじゃ……」
「その通りですよ」


 突然教室の外から声が聞こえた。聞き覚えのある声。

 ドアが開いてその人は教室の中に入るなり教卓を力強く両手でたたいた。
 ばん、と大きな音が響く。教室が静かになった。



「さぁさぁ王様ゲームを……始めましょうか」



 ……王様、ゲーム?

 黒板に立つその人は私たちの担任教師。ちょっと頼りない部分はあるも親身になってくれて人気のある教師だ。
 その先生が突然この状況で「王様ゲーム」をやると言い出した。

 ちんぷんかんぷん。


 王様ゲームといえば、あれだ。合コンとかでやる、割りばしに番号を書いて「王様」を引いた人の命令を、指定された番号を引いた人が実行するあれ。


 夜にもかかわらず時計は「13時52分」で止まったまま。
 燃えたはずの校舎は綺麗。
 そもそも夜に何故学校にいる?

 こんなわけのわからない状況で「それ」をやるというのか?


 黒板の前に立つ先生はにこりと笑ってクラスを見渡した。



「知っての通り、学校は火災で燃え、そして

 あなたたちは死にました」


 しんとした教室内に、先生の言葉が響く。


「は……?」
「何言ってんだよ先生!」



 もし死んだのならば私たちは何故ここにいるのか。もはや自分が生きているのか死んでいるのかわからない。
 感覚的には、いつも通りなんだけれど。

 たぶん、私は。
 先生の言う通り死んでいるんだ。




「死んでいるというか……仮死状態ですかね? 正しく言えばこのままだとみなさん今から『死にます』」


 死んでいるわけではない?
 でも今の状態は、本来の体とは違う状態らしい。

 わかりやすく言えば、魂だけ、みたいな。幽体離脱状態みたいな。

 クラスメートには理解できていない人もいるようだ。それが普通なんだけれど。


 私たちは死んでいるわけではない……かといって生きているわけでもない。生死をさまよっている状態なのか?


 あ、そうそう。と先生は首を傾ける。


「私はあなた方の担任の体を借りているただの『死神』ですので」




 しにがみ。




 クラスがざわつく。

 そりゃそうだ。いきなり先生が「死神です」だなんて、先生の頭を心配する。
 ただ、なぜか納得してしまう部分もある。
 先生の一人称は「僕」だった。
 そして言葉の前にはいつも「えっと」「あ」「あの」「その」といった言葉をつけていたはずだ。口調や喋る時の非言語的動作もどこか違う。


 無意識に起こる部分まで、違っているということ。
 そんなこと、脅かそうとしてできるものではないように思える。


 つまり

 先生は先生であって
 ……先生ではない。


 なんだか混乱しそうだ。


“死神”を名乗る先生は「静かに」と言って言葉を続けた。



「いきなり死にましたーとか理不尽でしょー? 納得できませんよねー?」


 くすくすと楽しそうに、クラスを見る。先生の目が、赤く光った気がした。



「私はあなたたちを助けに来たんです。生き返らせてあげようという話なんです! ただ、助けるだけじゃあつまらない」



 つまらない、じゃないよ。


「そこで、ゲームをしようと考えたのです」



「……茜」



 移動してきたのか、私の名前を呼ぶ友達。


「南」


 ショートカットの小さな少女。

 古本南。
 私の友達。

 不安になったのか。私の袖を握って“死神”をじっと彼女は見続けた。


「このクラスの中に1人だけ『王様』がいます。その『王様』を殺せば王様以外は生き返り、『王様』だけが残れば、王様だけが生き返る」


 私たちの中に“王様”がいる。
 そいつを殺せば、そいつ以外みんな生き返ることが、できるという。



 つまり、私たちに
“友達”を殺せと言っているのか。




「……簡単なゲームでしょう?」


 死神は残酷に笑ってそう告げた。

 吐き気がするようだ。
 そんなの簡単じゃない。
 ありえない。
 無理だ無理だ無理だ。


「ふざけんな! クラスメートを殺せるわけねぇだろ!」


 そう叫んだのはクラスの中心的人物、国木田悠真だった。
 いつも明るいその少年は今は酷く青ざめていた。

 ぱらぱらと国木田に賛同する人間が声を上げていく。
 そんな声も気にしないで、死神は目を細めて馬鹿にしたように笑い、言葉を発する。


「ゲームなので制限時間がもちろんあります、2時間! 2時間以内に王様を見つけ出し、殺してくださーい」


 たった2時間で、クラスメートを……殺す?


「武器は色んな所にありますから、気に入ったものを使うといいと思いますよ。ではスタート!」


 そいつの言葉に反応したように、カチリと時計が時間を刻みだした。


 15時52分。
 この教室の時計がその時間を指したら、タイムリミット。

 見つからなかったらどうなるんだろう。
 かくれんぼのように見つからなかった方……“王様”が勝つことになるのだろうか。


 死神は何もないかのように歩き出し、教室を出た。


「おい! 人の話を――!」


 国木田はそれを追いかけ、廊下を見て止まった。


「……は? いない」

 出ていったはずのそいつの姿はどこにもなかったらしい。
……本当に、死神なのか?


「何で……」





「ぐえっ」




 国木田の声と同時に、誰かがまるで蛙が踏みつぶされたかのような声を上げた。
 誰かが倒れる音。私は音のした方を向く。

 女子の「キャー!」と言う泣き叫ぶ声が次の瞬間耳に響いた。


 からんと、軽い音を立ててナイフが落ちた。
 クラスの中心で、クラスメートが血を流して倒れている。息はもうおそらく……していない。


「な、んで……」




 時計は進む、時間は止まらない。



 まだ5分も経っていない。
 なのにもう、クラスメートが死んだ。



「な、にやってんだよ……浜田!」



 自分の手を見ながら震えている刺した犯人。
 その人間を見て驚いた。
 その人物は、普段はビクビクとしていて目立たない地味なクラスメートであると、私の中で分類されていた人物だったんだ。


 浜田陸、男にしては少し小柄な少年だ。浜田は「だって」と口を開く。声が振るえていた。



「その『王様』を殺さなきゃ、自分が死ぬんでしょ!?」


 誰も考えたくない事実を、浜田は叫んだ。
 これが夢じゃなくて、本当の出来事なら……彼の言う通り、王様を殺さなきゃ、自分が死んでしまう。

 王様だけが、生き返ってしまうんだ。



 シィンとクラスが静まった。


「……そうだよ」
「死ぬ?」


 ぽつりぽつりと、言葉を漏らしていく人々。


「王様を殺さなきゃ、死ぬ」


 誰が言ったのかはわからなかった。
 その1言で、全員が動き出した。

 一気に、殴り合いが始まる。



「誰だよ王様!!!!」


 みんな混乱しているんだ。保身的になって、クラスメートのことを考えていない。


 とりあえず、自分は残れば死なずに済むから。
 周りなんてどうでもいいんだ。

 教室には何個か凶器が隠されていたらしい。
 殴り合いから、凶器を使った殺し合いへと発展していく。


「みんな落ち着いてよ!」

 南が叫んだ。声だけが聞こえる。このパニックで南とは離れてしまい、どこにいるのかわからない。

 いつもの教室、いつものクラスメートのはずなのに。
 狭いはずの教室なのに、どこに誰がいるのか、誰が生きているのかさえわからない状況。


 血が飛ぶ。
 誰の血なのか、なんで飛んでいるのか。

 何で日常的な教室で、血が飛んでいるの?
 意味がわからないどうして。

……どうして私たちが、こんな目に合っているの?



「もうやだ……やめてよぉっ!!」


 南の声、泣きそうな、混乱したような声。



「みっ……!」


 南。
 名前を叫ぼうとした刹那、近くにいた人の肘が顔に命中する。

 痛い。信じたくないけど夢なんかじゃないんだ。



 このままだと、私も
『死ぬ』



 教室に倒れているその人たちと同じになってしまう。

「……くそ!」

 巻き込まれないように教室から出ることが第一だ。
 南が少し心配だけれど、あの中にはどうも入っていけない。
 どうか、無事でいてほしい。

 教室を出る、廊下は静かだった。ありえないほど、静か。


 ……玄関だ、玄関に行こう。ここから出れば、何か見つかるかもしれない。クラスメートを殺さずに、みんなで生き返る方法が。


 1階に向かって私は歩き出した。
 数分歩くと暗い玄関へと到着する。

 ごつり、と足元に何かがぶつかった。



「うわ」



 拳銃。普段は関わりのないそれ。
 使い方、わかんないけど。引き金を引くだけで使えるのかな?

 ……一応持っておこう。

 殺すつもりはない。ただ、護身用。そう、護身は大切だから。



「おい」



 後ろから声が聞こえた。
 思わず振り返ると同時に、拳銃を構えた。


「……朽木」


 そこにいたのは片手に刀のようなものを持っている朽木翔。
 正直あまり関わりたくなかった存在だ。こいつは冷静で、周りに関心を持たない。

 現在もあり得ないくらい冷静な視線で私を見ている……こいつ、銃を向けられているのに動揺しないのか?



「良かったら銃を下してくれないか。俺はあんたを殺すつもりはない」
「刀を持った状態で言われたって納得できないんだけど」
「よく考えろよ東条。俺が刀を鞘から出そうとしたらお前に撃たれて終わりだろ」


 ……確かにそうかもしれないが。
 銃を下さない私に溜め息を吐いて、朽木は刀を足元に投げ捨てた。


「ほら、これでいいだろ」


 相手の行動に、私も警戒しながら銃を下す。



「お前が王様か? 東条」



 朽木はしれっとした様子で私にそう言った。


 ……は?
 何でそんな考えになったわけ?


 朽木を睨み付けて「そんなわけない」と否定する。
 ならいい。と朽木は首を傾けた。


「あの状況で唯一混乱してなかったあんたに提案があるんだ。

俺と組まないか?」



「……組む?」



 組んで、何をするんだ。身を護り合うのか?

「死神とかいうサイコ野郎は言ってたろ。王様を殺せば『王以外の全員が生き返る』んだ……つまり」


 刀を拾い上げながら言葉を続けた。



「王じゃない俺らで1人ずつ、消していけばいい」



 表情を変えずに、言葉を重ねていく。
 ……こいつに感情というものは存在していないのかもしれない。


「王さえ殺せば、そいつ以外はすべて元に戻るんだから問題ない」


 ゆっくりと歩き出して、私の方へと向かって行く。
 警戒したけれど、朽木は私の横を通り過ぎて玄関の扉へと向かって行った。私に背中を向けるなんてどうしてできるのか。

 組むとかいう提案を飲んだわけじゃないのに。
 銃で私が、撃つかもしれないと思わないのだろうか。


「……本気? 人を殺すなんて、できるの?」


 私の言葉で、朽木は少し私の方へと体を向けた。




「できるよ」




 淡々と、表情を変えないまま。
 吐き出された言葉に私は嫌悪すら感じた。


「今回は『ゲーム』なんだ。王様以外はリセットできるんだよ」


 これはゲームで、ゲームのようにリセットが可能なんだ。……なんて、割り切れる人間はそう存在していない。

 こいつはとんだ、ゲーム脳野郎だ。
 死神のことをサイコ野郎とか言ってたけれど、こいつもそうとうサイコパスだと思う。



「……私はみんなで脱出して、何か方法を探す」



 私の言葉と重ねるように、朽木はドアを蹴った。
 力いっぱいなのか、鈍い音が響く。

 それだけ強い力で蹴れば、割れてもおかしくないガラス製のドアが、びくともしない。


「どうやって脱出するんだ? 言ってみろよ」



 朽木がドアを引いても押しても何も起きない。かといって、鍵がかかっているわけでもないようだ。

 本当にここは、学校のようでも、学校ではないのか。
 黙り込んだ私に変わらない視線を送ってくる。

 もう1度ドアを殴って、溜息を吐いた。


「東条、ゲームってクリア条件を満たさないとどうなると思う?」


 このゲームの話?


「……たぶん、王様だけが生き返ると思うんだけど」
「違う、普通のゲームの話」
「そりゃあ、ゲームオーバーになるでしょ」


 そうだよ、と言葉を吐く朽木。



「2時間後にはゲームオーバーになるんだよ。おそらく王様も含めて全員な」


 つまり、全員死ぬ。誰1人として助からない。
 確証はないけれど、なんだかそんな気がしてくる。

「だから、俺の言っている方法が1番合理的だと思わないか」

 ……そうなのだろうか。
 王様ではない私たちが王様を殺すまで、クラスメートを殺していってしまえば、全員……王様以外全員生き返れるのか。

 残酷な、方法だけど。
 みんなが生き返ることができる。


「……わかった」


 そうするしかないなら。
 そうせざるを得ない。

「協力するけど……あんたを信用するつもりは、ないから」


 無表情な朽木の表情がようやく変化する。
 嘲笑、腹が立つ。
 は、と笑って私を再び見た。



「あぁ、それでいい」


 嫌な奴と組むことになってしまったもんだ。






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