愛欲少女1
甘い吐息が互いから漏れる。
繋がって、濡れて、喘いで。
私は何度繰り返したのだろう。
私は何人と愛の行為を行ったのだろう。
「……ふふっ」
思わず男の下で笑う。
男は余裕がないのか、その笑みには反応しなかった。
ほら、ねぇ。
「環、ねぇ、言ってよ」
今までは、ただの友達だった、
私の上に跨がっているその男に言葉を投げかける。
「……好きだ」
互いを愛していない。
互いにそれを認識している。
だからこそ、そう。
「私も、好き」
行為中でしか聞けない言葉を聞いて、私は満足するのだ。
唇で弧を描いて男の唇にキスを落とした。
「……もう帰んのか」
「まぁね」
終えた後はもうどうでもいい。
薄暗くなった外を眺めて、環の部屋を出た。
「余韻にくらい浸らせてくれてもいいのにな」
「そういうの、好きじゃないの」
「クラスの女子がお前のことを“尻軽女”って言ってたわ」
「事実なので結構」
否定しないのな、と環は苦笑する。
まぁ、事実そうなんだろうし。
「ねぇ、環、私はね」
ゆっくりと口を開く。
「多くの人に愛されていたいのよ」
1人でも多くの男に、愛されていたい。
「愛されていたい六道様はずいぶん早くお帰りになるのですね」
彼の冗談めかした言葉。
クスリと笑みを零して環を見る。
「私を待っている人がいるの」
「なんだ、次の男かよ」
「さぁね。じゃあ、私帰るね、またね」
お気に入りのパンプスを履いて彼の家を後にした。
送ると言われたがあっさりと否定して1人で歩き出す。
充電の少ないケータイを取り出してマナーモードを解除した。
数件のメッセージを知らせるランプの点滅。
ほとんどが今までに何度か体を重ねてきた男たちから。
だいたいがどうせお誘いのメッセージでしょ。
六道飛鳥。
所謂“尻軽女”と呼ばれるらしい類の人間。
女子には真っ先に嫌われるタイプだ。
自分で言うのもなんだが、そこそこ美人。
……もちろん化粧も込みで。
複数の男と体のみの関係。
相手の男には浮気のためのやつもいれば、私と同じように本命もいなく複数と関係をもってるやつもいる。
遊びであることは互いに理解している。
虚しくなんか、ない。
家に到着。
外から見ても明かりがついていないことがわかる。
「ただいま」
予想通り。
真っ暗な家の中、返事は返ってこない。
……また誰もいないのか。
母も父も仕事、仕事、仕事。
お兄ちゃんは大学に入ってから一人暮らしで、ここにはもういない。
まぁ、高校の時もほとんど帰って来なかったけど。
今思えば女の所にでも行ってたのかな、私の兄だしな。
最後にまともに話をしたのはいつだっけ?
慣れた光景。
パンプスを脱ぎ捨て、風呂場へと向かった。
21時10分。
少々帰りが遅くなってしまったか。
シャワーを浴びて寝間着に着替える。
髪を乾かしているときに鳴ったのは、メッセージが来たことを伝える音。
また男からか?
夜は相手にしないって、言ってあるのに。
……いや、違う。
数日前のやりとり以来やりとりをしていなかったから、たった今来たメッセージの上には今日の日付が記されていた。
「遅い」
たった、1言。
それだけ記されたメッセージ。
すぐ乾くだろうと思ってメッセージを無視した。
しかし、長い髪は中々乾かない。
しばらくして、ケータイから大きな着信音が鳴り響いた。
周りに合わせて設定した、好きでもないラブソング。
……無視したから、電話かけてきたよ。
ドライヤーを持っていない方の手でケータイを取って電話に出た。
「もしもし」
『無視しないでよ』
機会越しに聞こえる、聞き慣れた声。
『ゴーゴーうるさい』
ドライヤーの音が不快なのか、機械の向こう側の彼は嫌そうな声で言葉を発した。
私は髪が完全に乾いたことを確認してドライヤーを切る。
「ごめん、今行くね、拓海」
拓海、観月拓海。
彼は小さい頃から一緒にいる、幼なじみ。
寝間着の上にジャケットを羽織り、家をでて数件先の拓海の家へと向かった。
リビングだけ光が灯っている家。
拓海の両親もまた、共働きである。
「遅いよ」
チャイムを鳴らすとふわふわと左右に揺れて、拓海が家から出てきた。
目をこすり、眠いと訴えてくる。
「寝ればいいのに」
「飛鳥がいないと寝れないの、知ってるくせに」
私は幼なじみ専用の、抱き枕である。
小さい頃から一緒にいて、親がいないときは夜も一緒に過ごした。
当たり前のような出来事。
男女が一緒に寝ているのに、何かが起こることはない。
そこに特別な感情なんて、ないのだ。
……拓海は、寂しいのだと、思う。
いつもは21時には拓海の家に来ている。
夜遊びなんてできやしない。
しかし、大切な幼なじみをつきはなしたくもなかった。
早い就寝ですこと。
ぽふり。
拓海の顔が私の肩に沈んだ。
「飛鳥は、いつもいい匂いする」
「シャワー浴びてるからね」
私にぎゅっと抱きついてすやすやと寝始める。
「ちょっと。寝るならベッド」
玄関で寝るな。
彼を引きずるようにして部屋へと向かった。
慣れているだけあって、我が家も同然である。
「飛鳥ぁ痛いー」
足を引きずられる拓海が私を眠たげな目で見て訴える。
じゃあ自分で歩きなさい。
部屋につくなり拓海はふにゃりと笑ってベッドへと倒れ込んだ、私ごと。
これもまた、慣れっこである。
「ねぇ、飛鳥」
声に反応すると、拓海と目があった。
貫くような真っ直ぐとした瞳。
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