柚子のその言葉に、尚志は笑顔を崩さない。
柚子は尚志の本当のことを知らなくて。知らないうえで「何かあったであろう」と友人に問いかけた。
「何もないよ? どうして」
「桐谷ちゃんの様子、おかしかったからさ」
「何であの子の様子がおかしいと俺に何かあるのさ」
「お前と千穂も、おかしかったから」
そんなことないよ。尚志はその言葉を押し通す。
柚子は自分の唇をぎゅうを噛んで、尚志を睨むように見据えた。
「俺、お前のこと……よく、わかんねぇよ」
小さく、けれども確実に伝わるように。柚子は音を発した。
尚志は黙った。ただ、黙って柚子を見た。
「その笑顔が、嘘くさいんだよ」
顔を、視線を下げていた柚子は顔を上げる。
視線を上げて、柚子は息を飲んだ。
いつもの笑顔の尚志はそこにはいなかった。
心のなく、表情のない瞳でただただ柚子を見ていた。
「……尚、志?」
「わかるわけ、ないよ」
笑みも。
怒りも。
悲しみも。
涙も。
何もない。そんな表情を浮かべる。
「優しい柚子に、俺のことなんてわかるはずない」
綺麗な人間に、わかるはずなんてないよ。
尚志はそう言って、柚子に再び作りものの笑顔を押し付けた。
(act5. end)
- 38 -
[*前] | [次#]
ページ: