side:アイリス
-----
かちり、かちり。
時計の秒針が時を刻む。
かちり、かちり。
そろそろ彼らも帰ってくるだろうか。
彼と共に過ごし始めたのはいつ頃からだろうか。
以前は記憶を保持できなかったし、詳しくはわからないけれどきっと随分長いのだと思う。
今は普通に記憶を保持できる……というわけではないけれども、大切な人を忘れることはなくなっただけ良いと思う。
アイリス。
そう呼ばれていたのはいつだったっけ。
不自然だから、だなんて「愛梨」という別の名前をもらった。気に入ってたし別に不自然でも良かったんだけどな。
こんな私を知った上で
「好きだ」とか
「守りたい」とか
そんなことを告げてくれる睦月さんはきっと変わり者なんだろうな。
私たちがしたのは、式を上げたりしない、戸籍もないから紙上にすら存在しない言葉ばかりの結婚だけれど。
それでも充分幸せで。
それでも充分大切で。
かけがえのないものだ。
がちゃりと扉が音をたてる。
その先にいたのは愛おしい存在の人たち。
大切な大切な“旦那様”と“娘”。
美風は泣き疲れた顔をしていて、
睦月さんはどこか幸せそうな顔をしていた。
「何かいいことあったんですか?」
「あぁ、旧友に会ったんだ」
旧友。
旧友かぁ。
少しだけ羨ましい。
私はそんな人、いない。いたとしても覚えてないよ。
私の表情を見て睦月さんは目を細めた。
「今度紹介する。相手は愛梨のことをもしかしたら覚えてるから、驚くかもな」
おかしそうに、そう笑った。
なんてことだ。
私にも旧友がいたらしい。
「殺し合いした仲だし、戦闘狂同士仲良くできるかもな」
茶化すようなその言葉。
殺し合いって、私は何をしているんだ。
もしかして敵だった方だろうか。
ポケットに入れていたらしい電話番号か何か数字が書かれた紙をテーブルの上に睦月さんは置いて、再び私に向き直った。
「それより、大切な言葉を貰ってねぇな」
その言葉に、今度は私が笑う。
「おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
私たちは毎日繰り返し、その言葉を交わす。
前へ***次へ
[しおりを挟む]