side:刹那
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振り下ろされたナイフは、俺の顔の横の床へと勢いよく突き立てられた。
「……驚いた？」
笑顔で、春樹が俺を見る。
「どういうつもりだ」
「殺す気ないよ、あるわけないだろ。ただ刹那の怖がってる顔見れるかなぁって思ったんだけど」
「見てどうするんだ」
「別に？お前のそういう顔が好きなだけ」
「……今の発言が1番怖いわ。変態かよ」
俺が顔をしかめる。
春樹はふにゃりと笑った。
「俺が変態だとか、昔から知ってるでしょ？」
冗談めかして春樹は言う。
「……珠希って聞いたことあるなーって思ってたけど、そういえば刹那が言ってたんだっけ」
姉は刹那の知り合いだったんだね。
春樹はそういって目を伏せる。
エリカの両親を殺して。
春樹の姉を殺して。
大切な人の大切な存在を奪ってばかりじゃないか。
別に死にたいわけじゃない。
けれど、2人が俺を殺したいと思うのなら、抵抗せずに俺は殺される。
だって、抵抗する権利なんてないだろ。
許されることじゃないだろ。
春樹は俺の横に突き立てたナイフを抜いて投げ捨てた。
からん、と虚しくナイフは音を立てる。音だけが聞こえる。
「あーえーほら、よく言うだろ？『産みの親より育ての親』『遠くの親族より隣の他人』みたいなのさ！」
明るく吐き出された言葉に刹那は驚きかながら春樹を見た。
綺麗な明るい茶髪が揺れる。
「姿形知らねぇ姉よりも、お前の方が大切だよ、俺は」
そうやっていつも。
いつもお前は、大切だった存在を消していくの？
俺のために？
何でどうして。
怨めばいいのに。
殺したいとか、言ってしまえばいいのに。
どうして。
俺は同情されたいんじゃないの。
「お前はさ、いーっつも誰かの怒りを自分に向けさせようとするよね」
春樹の言葉に俺は目を逸らした。
そんなんじゃない。
そんなつもりじゃない。
「でも、俺はお前に対して怒りなんてこれっぽっちも感じてねぇよ。仕方なかったって、わかる、理解してるつもり」
春樹の手が俺の首に掛かる。
その手は、ゆっくりと俺の首をしめていく素振りを見せた。
「でも死にたいなら……俺が殺してあげるよ」
静かに浮かべられた笑みは、怖くて。
まるで、あんな嫌な場所で笑顔を振りまき続けた“彼女”のようで。
笑顔が残酷なんだよ。
怖ぇんだよ、馬鹿。
首もとから手が離れて、俺は自分の首をゆっくりと触った。
何かを確かめるように、慎重に。
「だからさ、俺以外に殺されないでね、刹那」
「お前に殺されるのも勘弁だな」
まぁ、平和になった今では人に殺されるなんぞ滅多なことはないが。
楽しそうに春樹が笑う。
何が楽しいんだお前は。
「今日はね、刹那の大好きなからあげだって。エリカちゃんが買い出しに行ってるよ」
春樹は刹那を起きあがらせて、立て直した車椅子に座らせた。
異常だ。
異常なんだ。
春樹もエリカも。
大切な人を殺した俺を大切な人だなんて言う。
愛おしいなんて言うんだ。
あんな世界で生きてきたくせに、
馬鹿みたいに綺麗で。
馬鹿みたいに純粋で。
それが羨ましくて。
俺なんかじゃ到底無理な生き方で。
今更手を離してくれやしないし、手を離されたら俺は立ち止まることしかできないの。
俺にとって綺麗で純粋で羨ましくて妬ましいお前らがいないと俺は生きていけないの。
わかってるよ。
いい歳した大人がこんなんじゃ駄目だって。
でも、仕方ねぇだろ。
好きでそうなったわけじゃないから。
いつの間にか、そういう風になってたんだから。
目の前のそいつはわかったようにぐちゃぐちゃ考えなくていいよなんて笑うんだ。
腹立つ。
「も、腹立つお前……っ」
「うん、そう」
うん、そう。じゃねぇ。
笑ってんじゃねぇよ。
何笑ってんだ。
ふざけんな。
目の前のそいつは突然「散歩に行こう」なんて笑った。
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