自分でも時々ああ俺って動物なんだって思い出すときあるんだけど、



「ん、どうか、したか?」
「…っ!?…あ、いや、何も」
「そうか?」



以前にも増してそう思うようになったのだ。思い悩む、とも言う。目の前の神童といえば、ほわほわとした空気を発して小首を傾げていた。




「…嬉しくてな」
「……ん?」



スマートに客間に案内をされて、上品な手付きで紅茶を淹れて、滑らかにテーブルの上にケーキの乗った皿を置いた。そんな神童は本当に嬉しそうに目を細めた。
俺としては神童の目が好きだから細めてほしくなかった、なんてことはまやかしだ。まやかし。



「何で?単に俺が神童んところに来ただけだろ?」
「それだよ、それが嬉しい」



ニコニコと神童は笑った。笑うから、俺も無性に笑いたくなって笑い返す。
…そこまではいいんだけど、その健全な衝動に紛れて



(…噛みたい)



なんていう雑念が湧くようになった。具体的じゃない。何処を噛みたいとか、噛んでそれからどうしたいとか明確な目的なんかはない。無いのに、チラッと見える神童の肌を見つけるとどうしようもなく噛みたくなる。神童の肌にはそんな魔法が備わっている。



「…なあ神童」
「ん?」
「………、…、」
「?」
「な、何でもない」
「??」



けれどそれと同時に噛んではいけない、なんていう魔法も掛かっている。(人はこれをりせいと呼んだ)つまりはほんのうとりせいのぶつかり合いが起きる。神童には自覚がないから厄介なんだけど悪気があるとかそういう訳じゃない。だから注意しようにも俺が理不尽ということになってしまう。それは嫌だ。そもそも生まれもったものをとやかく言いたくない。
しかし、噛みたい。
俺は神童から視線を外して紅茶を飲んでみた。口に流れ込む瞬間に鼻孔を擽るいい香りにまだりせいは残ってる、なんて安心した。



「どうだ?」
「聞くまでもないだろ…こんな良い紅茶」
「人の好みも色々あるから」



なんだそれ。何処まで気配り利くのさ、コイツ。疲れないのか?
同い年とは思えない心構えというか何というか、そんな何かを感じて純粋に視線を外してしまった。きっとまた人の気も知らずにふわりと不思議そうにしてるんだろう。全く狡い。(それで何でもないみたいにケーキやら紅茶を口にするんだ)
ふわりふわり笑って泣いて、また泣いて、それから笑って。やっと神童を掴めて蓋を開けてみればそういう奴だったんだ。(幻滅?まさか)押せば直ぐに倒れそうな(でも倒れない)、例えるなら氷とか海月、いや硝子…プレパラート、網膜やれミョウバン、とか。そんな風に淡くて砕けそうな存在。神童拓人。
その手に触れてみてもエーテルには思えない。儚い儚いコイツの、手だ。
ならば?



(…あ、)



なら?
脳味噌の中でビー玉みたいなのが弾かれた。



「…神童」
「ん?」
「大事にするから」
「え?」
「大事に、する」



お留守にしていた片手も引き連れそっと神童の手を包んだ。それからやっと辿り着いたことを呪文のように呟くと神童を見詰めた。彼はチョコレートの瞳をぱちくりさせていたけど可笑しそうに笑ってありがとう、なんてクエスチョンマーク付きで言われた。いいよ、分かんなくて。それは許してやる。包んだ手に触れば指がピクリと動く。神童拓人は此処にいるという何よりの証で、さっきのは俺の世界の話なのに安堵した。そうしていたら神童が重心を傾けてきて額にキスした。そうか、キス。ああ、そうだよな、うん、キス、って、え?



「えっ?」
「雪村、そのケーキはあまり甘くないから美味しいと思うぞ」



ふわふわ笑った神童は何食わぬ顔だった。
あれ、甘い菓子ダメなのバレてたのか?つか、え?














チョコレートケーキの怪獣

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