*嘔吐描写あり

















また、だ。
またやってしまった。



「…っう゛ぇっ、…うっ、く…げほっげほっ」



砂で薄汚れたアスファルトに、黄色い汚い液体がボタボタと垂れた。それから何かの水滴の後。
嗚呼汚い汚い。
吐くたんびに不愉快になる。この鼻につく臭いと、色と、味に。
俺だって好きで吐いてるわけじゃない。何が悲しくて好きで吐かなきゃいけないんだ。

はて、俺はいつからこうなったんだろう。
不愉快な口内をそのままに、口元を拭った。
妙に体が脱力してずるずると壁に座り込んだ。
と、思い付く。
嗚呼、そうだ。



「…磯崎だ」



そう、磯崎に、出会ってから、付き合ってからだ。

男同士で付き合うとか可笑しいっていうやつもいるけど、俺はそうは思わなかった。思ってなかった。意外と。
それは磯崎も同じだった。フィフスセクターにいたときから友好関係を築いていたこともあって、気がつくと彼に惹かれていた。
でもよく聞いてみるとそれは彼の方が先だったらしい。嬉しかった。



(だけ、ど)



またさっきの冷たい何かが、俺の頬を伝う。
畜生伝うなよ。



(毎日毎日不安だ、)
(毎日磯崎がどっかにいっちゃいそうで、そ、うで)



それは磯崎が篠山と話しているとき、監督と話しているとき、聖帝と話しているとき。兎に角俺以外の誰かと話しているとき。
磯崎が俺以外の誰かについて話すとき。

ダメだ、またいつもの息苦しさと気持ち悪さがこみ上げてきた。
吐きそう。
またいつもみたいに、俺はずるずると体をくの字に曲げた。
腹の中が渦巻く何かがドロリと零れそうだ。物理的にも精神的にも。



「光良!」



肩を掴まれて無理矢理振り向かされた。
何かが下ってく。下ってく。



「…っ、い、磯、崎?」
「光良大丈夫か」

嗚呼、嗚呼、嗚呼!
聞きたくて聞きたくなかった!

「磯、崎、ダメ、吐いちゃうかっ…ら」



俺はなんとか耐えて磯崎を引き剥がそうとした。でも磯崎は離れてくれない。
また何かが瞳から落ちる。



「光良、こっちにこい!」



また強引に引っ張られて部室近くの洗面所に連れて行かれた。
あ、最初からここに居りゃ良かったかな。



「ぅっう゛っ…げほ、う゛ぇっ…!」



また吐いてしまった。
ああゴメン磯崎、



「げほっ、ご、め、ん…磯崎…」
「あ?んなこと気にしねえよ、ほら全部吐いちまえ」
「…う゛ぐっ」



ニカリと笑って磯崎は俺の背中をさすりながら、俺の口内に指を入れてきた。



「全部吐いちまえ」



磯崎はやれやれというように笑っていた。

ボタリ。





「落ち着いたか?ん?」
「ゴメン、ありがとう磯崎」
「俺は何処にも行きゃあしねえから」
「う、ん、うん、うん」



磯崎はまるであやすみたたいに俺を抱き締めた。安心させようとしてくれてるんだろう。

俺は嬉しくてただただ頷いた。壊れた首振り人形みたいに。それから磯崎の上体にしがみついたように抱き付く。
でもまた俺やっちゃうんだろーな。この嫉妬が終わらない限り。
嫉妬に終わりなんて、死ぬまで無いのにさ。無い物ねだりだ。
ねえ磯崎、恋やら愛って苦しいんだね。吐いちゃうくらいに。

そう吐くと磯崎が笑った気がした。







(逆に嬉しかったりする)
(だってそれくらい光良に想われてるってことだろ)
(あー俺スッゴい幸せ者じゃねぇか)
(愛し愛されるのにも策って必要だな)
(性格悪いって言うなよ、それだけアイツを愛してるって受け取れよ)

















本物を喰って偽物を吐く

嘔吐様に提出
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