*注意
俺達は何処までも密やかにかつ感情的だった。それは俺達にも暗黙の了解だったんだ。昔も今も、多分、これからも。
もつれることもなく、断ち切れるわけでなく、磨り減ることもないんだろうな。嗚呼もしかしたらとっくに、俺達はもつれていたのかもしれないけど。
「ムカつく」
青山がポツリと洩らした。小さいものだったけど、そこには静かな苛立ちが含まれていた。俺の両膝を押さえつけて、青山は俺の上でマウントポジションを陣取っていた。真顔で。わざわざ押さえつけなくたって、俺は逃げやしないのにな。俺は真顔で聞いた。
「誰に、何で?」
この疑問は作り出した訳ではなくて、本当に分からなかった。俺何かしたかな。
「さっきの理科の実験」
「?」
「俺ら違う班じゃん」
「ああ」
何だか納得した。あ、青山の所為で押しこんでたとある思いが洩れだしそう。そのとある思いが洩れだしたのに合わせるように、放課後特有の夕陽の光が無人の教室に差し込んだ。眩しい。丁度、青山の制服にオレンジのラインを描くように差し込んできた。
ピピーとホイッスルの音が聞こえた。サッカー部練習開始の合図だ。でも口にしない。口に、しない。きっと青山がいつもの、お決まりの『あれ』をするから。それは避けなくては。(そうなると、大体俺も溢れ出しちゃうんだけど。)まあ、別に俺も青山も部活が嫌いなわけじゃないけど。
「早く班替えしたい…」
いつの間にか青山の視線は、窓に反射する夕陽の光に移っていた。馬鹿な話、夕陽の光に嫉妬した。ホント、馬鹿な話だけど。
「…暫くはしないだろうな」
「えー…」
落胆しながら、青山が自分の上体を俺の上体と密着させてきた。何だか温い暖かさが俺を包んだ。でも俺にはこれが心地良い。スルスルと首に腕を回された。
「一乃が誰かと話してんの、見たくない」
青山ははっきりと言い切った。グッと腕に力を入れてきたから、少し圧迫感を感じた。ああ、青山、お前また嫉妬してるんだ。青山に向けていた視線が、宙に舞った。
「神童とも、霧野とも、向坂とも、先生とかとも、嫌」
青山は譫言みたいに続けた。俺は暫く教室の蛍光灯を見つめて、それから青山の背中に腕を回した。温い体温を共有しながら、俺は目を細めた。
「少しは我慢しろよ。俺まで道連れ食らうだろ?」
「ワザとやってるって、分かってるだろ。一乃」
「まあな」
「で、一乃も嫉妬、したんだろ?」
青山は楽しそうに聞いてきて、上体を起こした。俺も上体を起こして、再び視線を青山に向ける。自分の表情が自然と笑顔になったのをそのままに、俺は言う。
「当たり前」
それを聞いた青山は手を俺の脇腹に這わせた。嬉しさの滲んだ真顔だった。サラサラと、青山の手が撫でる。撫でる。でも不快感は一切無い。
「俺だって、お前が誰かと肩組んでたり、誰かと話したりしてるの見たくない」
「だろ」
「ああ」
カチチチと、青山の動いていない手元から音がした。
青山の手にはカッターナイフ。驚きはしない。お決まりだからだ。それに人こと言える口じゃないし。
青山は撫でる手を止めて、俺を抱き締めてきた。きちんとカッターは俺に向かないように持っている。
俺も青山に抱き締め返す。俺の手には大きめの鉄鋏。指先を鈍く動かして、ジャキリと音を出してみた。切れ味は手入れの甲斐あって、落ちていないみたいだ。
「あーあ、一乃に近付く奴ら殺しちゃいたい。死んじゃえばいいのに。」
カチチチ。
「俺も青山に近付く奴ら消しちゃいたい」
ジャキジャキ。
ピタリと、背中にカッターが宛てがわれた。俺も青山の首筋に鋏を宛てがった。でもそれから俺達は動かない。別に相手を切りたいわけじゃないしな。叶わない野望を形だけ作って、行き場のない嫉妬を逃がす。
「あーあ、ずっと、この世界でたった二人きりになりたいよ」
俺も、心底そう思うよ。
エーテルの心臓
青一の日のお祝い文章