俺、今まで神様なんていないって思ってたんだ。

そうやってヒロト君はいつもみたいに擦り寄ってきた。まあそんなことかなとは、何となく分かってたよ。
そう言うとヒロト君は「でも君が神様とか言うのは、何か納得するかな」と肩を震わせて笑った。
僕は擦り寄るヒロト君の燃えるように赤い髪を、手グシでとかすように優しく撫でた。指の間をすり抜ける赤毛は、とてもしなやかで艶やかだった。



「…少し跳ねてるのは残念だね」
「気にしてるんだから言わないでよ…」



ヒロト君は困ったような笑いを洩らした。
さて、今日はどうしたのかな。



「今日はどうしたんだい」



僕は思っていたことと、ほぼ同じことを口にした。ヒロト君はまた更に僕に擦り寄って、あのねと切り出した。あのねと切り出す癖は小さい頃から変わらないなあ、と思いながら彼の話に耳を傾ける。



「もう、俺を縛るものは何にも無いんだよね」



ヒロト君は静かに呟いた。まるで僕に確認するかのように。それをリアルに感じたのは君だろうに。



「君はもう『吉良ヒロト』でも『グラン』でもないさ。基山ヒロトを縛るものはもう無いよ」
「…照美君に言われると、自分で言い聞かせるより説得力があるんだよ。現実味を帯びるというか」
「はは、現実で会ったことちょっとしか無いに近いのに?」
「だからじゃないかな、逆に」



僕は辺りを見渡す。沢山の扉があちこちに散らばった、黒塗りの背景。それから所々にチェス盤やら地球儀やら玉座やらが空中で静止している。どうやらこの空間は、ヒロト君か僕がふと目をつぶると現れる、という奇妙な空間だった。
どう考えても此処を『現実』と呼べない、と思う。
僕らは幼い頃に此処でお互いを見た。そして此処で会うだけで、様々な心を見せ合って交流をしていった。自分でもなんて夢想的なんだと思うけど、これは紛れもない事実だ。まあその後の世界大会予選の『現実』で会って、二人して驚いたんだけども。



「…縛られることが無くなるとさ、余裕が出てくるんだ。考える余裕が、さ。」



ヒロト君は僕の胸から顔を離して、何処か一点を見つめながら言った。何だか共感出来る。



「ああ、確かにね。僕にもそんな覚えがあるよ」
「…だろ?」



ははは、と渇いた笑いを洩らす。僕は彼の俯く頭を見つめた。何かを言いたいらしかった。が、相変わらず彼は読めない。うーん、僕って人の心を見透かすことは得意な方なんだけどな。



「………寂しく、なっちゃって、さ」
「え?」



ヒロト君は寂しそうな笑みを僕に向けてきた。どうして。



「その、『吉良ヒロト』を、『グラン』を受け入れてあげれば、良かった…って」
「…!」
「俺だけ、幸せで…いいのか、な…」



必死にヒロト君は笑みを作ろうとしてるみたいだったけど、それは全く意味を成してはいなくて。水晶みたいな涙がホロホロ流れて。落ちて。ぐしゃぐしゃな笑みになっていた。
彼は寂しさに浸食されてしまったようだ。



「…君は、何を勘違いしているんだい?」



僕の言葉に、ヒロト君の水晶がピタリと止まる。



「此処まで来て、まだ気付かないのかい?」



全く彼はとんだ勘違いをよくするなあ。

僕も、だけど。


僕は彼の目元を親指の腹で拭った。ヒロト君のエメラルドみたいな瞳は水分を含んで、キラキラと反射を繰り返していた。



「彼らは、君の中に、君の記憶の中にいるんだ」
「…っ…」
「まだ寂しいかい?じゃあ言ってあげる。ヒロト君には仲間が、帰るべき家があるじゃないか」
「………」
「僕だっている。勿論『吉良ヒロト』も『グラン』も君の中で鮮明に存在を主張している」



僕は手の平を彼の胸に当てる。ヒロト君の水晶が、僕の手に落下してきた。温かい。



「それなのにそんな寂しいだなんて、言うんじゃないよ。」



優しく耳元で囁きながらヒロト君を強く掻き抱くように、抱き締めると、



「…あ、り…がとう」



そんな濡れた声が鼓膜を揺らして、グスグスとヒロト君が泣き笑いをした。



「そんな照美君が好きだよ」



なんて言って頬にキスをされた。
僕も、寂しがり屋な君が好きだよ。
















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