酷い雨だった。雫の一つ一つが、一筋のラインを描いては落ちていった。雨はどうも苦手だ。ドラマやアニメに出るシーンで、よく雨が降っているシーンがあった。それは決まって誰かが死んでしまったり、失恋してしまったりと、何だかマイナスなシーンが多い。だからだろうか。雨の日はいつも何かが起きそうだと思った。

愛用している赤い傘が陰って見えた。雨の日はいつもそうなんだが。
歩を進める度に、スーパーのビニール袋がカサカサ音をたてる。これで暫くは食材不足に困らないだろうなと、俺はまたビニール袋を持ち直した。



「…あ、」



思わず声が出た。
前方に見覚えのあるオレンジの長髪が見えたからだ。しかも傘はさしていない。俺は恐る恐る近づいて、声を掛けた。



「…瀬戸?」
「うおぉ!?」



瀬戸がビクッと肩を震わせて、こちらを振り向いた。奇声に此方も驚いて、肩を震わせた。気を取り直す。



「瀬戸、傘は?無いのか?」
「あー…あたしって天気予報とか見ないんだよな」



瀬戸は悪戯がバレたかのように、曖昧に返事をした。別に説教してるわけじゃ無いんだが…。
こうしている間にも、瀬戸の髪やら制服はどんどん水分を吸っていく。このままだと風邪をひいてしまうのは明らかだろう。



「瀬戸、迷惑じゃなかったら俺の家にこないか?此処からすぐだし、それままだと風邪をひくぞ」



俺の提案に、瀬戸は何故かキョトンとした。



「いや、有り難いけどさ…女家にあげていいのかよ?」



拍子抜けした。



「今はそんな場合じゃないだろ…瀬戸が風邪ひくよりは良いってことだ」



それを聞いた瀬戸はなんだかまた驚いたようで、戸惑いながらお言葉に甘えて、と言った。



「瀬戸、ご両親に連絡しなくて平気なのか?」




瀬戸はなんてことないように言ってのけた。



「あの人らはあたしのことなんか気にかけないよ」



言葉を失った。
暫く棒立ち状態を維持した後俺は瀬戸の手を握ってなるだけ彼女を傘に入れるようにして、これまたなるだけ早足に歩いた。瀬戸は何も言わずについて来た。





「あんたさ、良い男だな」



風呂から出た途端、瀬戸は目を細めて言った。(俺のスウェットを着てる瀬戸は何だか新鮮だった。)俺はまた言葉を失った。



「いくらマネージャーじみたことしてくれてると言ったって、傘貸してタオル貸して風呂貸して服貸して。」
「そんなこと」



ない、と続けようとして遮られた。



「いや、あるんだよな。少なくともあたしには」



瀬戸は哀しそうに笑った。



「あたし、さっき言ったみたいに親との関係そんな良くないんだよ。てゆうか、悪い」
「…じゃあ、傘持ってなかったのは」
「はは、一昨日くらいにキレた父親に折られてさ」



瀬戸はまたなんてことないように言ってのける。瀬戸はまだしっとりとした自分の髪をタオルで拭く。



「だから、あんたが凄い優しいの分かんだよな」
「…」
「まあ、あたしあんま誰かに優しくされた覚え無いからかもしんないけど、さ…」
「…」
「何であんたがそんな悲しそーな顔すんだよ」



どうやら無意識に沈んだ顔をしていたようだ。いけないいけない。



「さて、あたしはこれでおいとますかな。服は?」



瀬戸は息をついて聞いてきた。あ、と声を絞り出すと、手元に抱えていたものが洗濯機に滑り落ちた。洗濯機がゴウンゴウンと起動した。



「……すまん。今…洗濯してしまった」



俺は言った。瀬戸は目を丸くしていた。



「…いいよ、別に」



こまったように豪快に瀬戸は笑った。肩を震わせて。



「…瀬戸、帰ったらどうするんだ?」
「帰ったら?…父親とは喧嘩したばっかだし、母親は仕事優先人間だから仕事だし。コンビニとかで時間潰してるよ」
「なら」



気付くと、俺は口走っていた。



「夕飯食べていかないか?」



母さんもいないし、と付け加えた。(意味があったのかは分からない)
俺は続けた。



「お互いに一人で夕飯を食べることになるんだし。それなら…その、一緒に食べた方が美味いだろ?」
「………同情?」



瀬戸が顔をくしゃりと歪めた。俺は目を少し見開いてから断言した。



「何だか放っとけなくてな」



瀬戸は微かに濡れた声で笑って、「はは、お人好し」と俺の背中を叩いた。
















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