時系列は神童君退院後














それは、本当に偶然のことだった。






「…読み終えてしまった…」



輪郭を持っているのかさえ怪しいくらい呆けたように呟く。
今日は部活が無くて久しぶりに読書に明け暮れていたのだが、元々読むスピードが速い所為ですっかり手元の書籍は読み終えてしまったのだ。脱力する体をそのままに首だけ動かして時計を見れば、針はまだ10時を指していた。首を戻して暫くぼんやりと真っ白な天井を仰いでいた。それにしても、暇になってしまったな。自覚すると余計に気になってきて、両手を上にして伸びてみた。…案の定この状態は変わらない。(変わるわけがないのは知ってる)
漸く俺は新しい書籍でも買いに行こうと思い立って、後ろに反らさせていた上体を前に戻した。








「…まだ寒い」



門を開けた瞬間、冷たい微風が俺の顔面に直撃して少し哀しくなった。哀愁、愛執。後者は冗談だけど。それにしても首のマフラーが役目を果たしていないに近いのはどういうことなんだろう。
的外れなことを考えながら門を後にした。

近くの商店街を抜けて抜けて河川敷をずっといって、そこから右折して民家を抜けたところに行き着けの書店は存在している。自宅から遠いのだが、品揃えが良く俺好みの書籍が集中的に揃っている(気がするだけだけど)のでよく通っているのだ。正直そこで買ったってその後も本を見ていれば時間潰しになる、そう思っての選択だった。実を言うと、この選択をするまでにかなり煩わしい時間を過ごしたんだが。



「ん?」



やっと河川敷に差し掛かったとき、その茂みに見覚えのある人影が座り込んでるのが見えた。あれ、確かあの藍色は



「剣城じゃないか」
「………!」



後ろから声を掛けて、肩に触れると剣城の背中が飛び上がった。ほんの少し、だけど。



「…キャプテン…何してるんですか、こんなところで」



何故か胡散臭そうな顔をしながら剣城は尋ねた。(背後を取られるのは苦手なのかな)



「ああ、読んでいた本が読み終えてしまってな。行き着けの書店に行く途中だ」
「へぇ」



胡散臭そうな顔を解いて剣城が興味ありげに声を上げた。へえ、剣城も読むのか。本とか。



「剣城は何してたんだ?」



首を傾けて聞くと、橙の瞳を少し伏せてから視線を手元に向けた。よく見ると手元に何か持っているようだった。



「え、スケッチブック…?」
「絵を描いてたんですよ」



まさか剣城が絵を描く奴とは思わなかったから、俺は目を丸くしていると思う。じっくり見ると未完成ではあるものの、一目で綺麗と言えるようなものだった。どうやら河川敷でサッカーをしている子供を描いているらしかった。



「絵を描くタイプだとは思わなかったな」
「まあ、よく言われます」
「にしても、上手いな」
「…これでも小さい頃から描いてますから」
「へぇ」



剣城は絵に着彩しながら淡々と答える。心なしかか、いつもより表情が柔らかい。更に意外に思いながら、俺は剣城の傍にある革鞄からはみ出るスケッチブックに視線を向けた。



「これ、見てもいいか?」
「…物好きですね」



そういってスケッチブックを渡す剣城。開いてみると子供だったり猫だったり、路上でギターを弾く男性だったりが描いてあって、ほうと声が出た。が。



「なあ剣城、何で足、描かないんだ?」



剣城が小さく揺れた。何故だろう。剣城のが小さく見えた。



「描けないん、です」
「え?」
「小さい頃は描けたんですけど」



剣城の水色を乗せた筆が止まった。冷たい微風がまた容赦なく吹いて、その風の所為か剣城がますます小さく見えて、思わず俺はその小さい肩に寄り添った。



「…慰めですか」
「違う。寒いからだ」
「…。」



俺は自分のしていたマフラーを外して、俺と剣城の首に巻き付けた。拒まれはしなかった。剣城が白い息を吐いて、筆を進めた。



「また来てもいいか」
「……お好きにどうぞ」



また拒まれなかった。
絵の中の子供が俺に笑いかけてきているようだった。
















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テーマ「人外ファンタジー」
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