別に強要されてるわけではない。寧ろ、許可を願われている。ただ、あの蒼に見つめられて「剣城いい?」なんて言われる。それは俺の中では強要にしか見えない。あいつは自覚あるんだろうか。
正直に言うと、俺は松風のあの瞳が苦手だった。とても。
「ねえ剣城ー」
こう呼び掛けられると、思わず「またか」と身構えてしまう。(ついでに松風に言わせるならば目つきも怖くなるらしい)人間嫌いなものも皆が皆嫌いというわけでもない。それは逆に好きなものなんて、必ずしも皆が皆好きなわけじゃないともいえる。それを少し目の前のコイツにも分かって欲しいものだが、鼻から期待していない。期待して今まで失敗してきたということもあるが、松風にはそういう考えが存在しない。寧ろ逆の考えを持っていることが主なため、期待は、しない。
「…駄目だ」
「えー」
「此処を何処だと思ってるんだ、お前は」
「部室」
それがどうかしたの?という顔をされた。どうかする。段々思考回路がループしてくる。
「誰もいないよ?皆帰っちゃったよ?俺達しかいないよ?二人っきりだよ?」
「…そういってお前、一回じゃなかなか終わらせないだろ…」
「…えー……えいっ」
しまった、と思ったときは遅かった。俺が松風から一瞬視線を逸らした瞬間に、腕を掴まれて引き寄せられてしまった。蒼色が近付くのがチラリと視界に入った。唇と唇が触れ合う。ピクリと俺の眉が動くのが分かった。
「んんっ…!」
「んー」
ピクリと、さっきとは違う意味で眉が動く。うっすら目を開けると、やけに楽しそうに幸せそうに、何処かしてやったりという顔をしながら松風は笑っていた。唇がさっきより少し強く密着する。段々息が保たなくなってきた。有耶無耶になりながら力無く松風の方を強めに掴むと、名残惜しそうに唇が離された。酸素が俺の呼吸器官に入ってきた。
「剣城、大丈夫?」
「…はあ、だ、いじょう、…はぁ…は、…に、見える…か、よ」
「見えないね」
凄くにこやかに笑ってきた。顔だけ見ればコイツの方が初そうなのに、人間はやはり外見だけで判断してはいけないらしい。
松風はやたらとキスをしたがる。唇にというのが一番好きらしいが、コイツは俺の体の色んな箇所にキスをしたがる。手首、頬、足首、項、目元、鎖骨、臍。どうやら松風は「キスをする」ということが好きなようだ。こっちの身にもなってほしい。
松風が好きだからといって、必ずしも俺も好きという根拠はない。俺はキスをするのは苦手だった。だからあまり乗り気にはなれなかった。が、松風は嵌めるのが上手い。
「偶にはさー剣城からキスしてほしいなあ」
「はぁ…は、…誰が…」
「そんなこと言わないでよー」
肩で息をしている間、松風が俺の手首にキスをしながら言ってきた。それから愛おしげに手首をさすってから今度は腕の関節にキスをされた。ぞくりとした。呼吸を整えたいのに、上手くいかない。呼吸が浅くなってきて松風を睨んだが、どうやら笑いかけられているところを見るとそれは無意味な抵抗と見なされたらしかった。
「可愛い」
「…、頭沸いたのか……っ、」
「素直じゃないなあ」
また唇にキスをされたが、さっきとは違って噛みつくような、吸いつくようなものだった。つい口を開けてしまって、良いように掻き回されて段々思考が錆び付いてきた。
「…ふあ、……んんん、んっ…や、め……」
「…ん、…むり…」
散々掻き回されて、銀色が赤い舌を繋ぐ。松風がいつものように俺の唇をペロリと舐めた。赤い、紅い舌で。
「俺、何だかんだで応えてくれる剣城好きだよ」
煽情的なような無垢的な、矛盾した笑顔で目の前のそいつはそう言ってのけた。
もう動けません
椎名様に捧ぐ相互文章