嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!冗談じゃない!



俺の頭の中はその『嫌』という一文字に覆い尽くされて(いや、ひょっとすると別の文字も入ってたかもしれないけど)、侵略されていた。いやいやいやそんなことはどうだっていいんだ、今は。『今は』!



「やだなあー逃げないでよー狩屋君ー!狩屋君ってばあー!」
「はあ!?何でそんな追い付くの速いの!?訳分かんねえって!」
「うーん、僕がフォワードだからじゃないかなあ!」
「ちょ、そう言いながら加速すんの止めろよ馬鹿あ!!」



影山輝はある日突然何故か俺に好きだと言ってきた。勿論俺は固まって「は?」と素っ頓狂な声を絞り出した。俺ホモじゃないし男に言われてもつか恋愛自体よく分かってない。だから冗談言うなよと流した。流した筈なんだ。



「…狩屋君って、天の邪鬼だね」
「はい?」
「顔赤いよ」
「!?」



そんなこんなで肯定と見なされた俺は、今現在影山と特別な関係(色んな意味で)を築いてしまったわけだ。…でもそれに対して満更でもないという自分がいるという事実に気付いたので、それはそれで複雑だった。まあ、どちらかというと友情の延長線みたいになってはいたけどさ。

それで関係を結んでから判明したのが、今繰り広げられている『これ』。端から見れば謎な状況だけど俺は必死だった。分かってくれ。
影山は羞恥心が薄いらしく、普通に人前で俺に抱きついたり「大好きだよ!狩屋君ー!」とか言ったり抱き締めてきたり手を繋いできたりする。いやいやいやいやいやいや!これは恥ずかしいでしょ、ていうかマズいでしょ。
その恥ずかしい言動の最高峰がこの『充電』だ。やり方は簡単。影山が俺に飛び付いて気が済むまで抱き締めるだけ。



「って簡単なわけあるかよおおおおおお恥ずか死ぬわ!馬鹿あ!」



そして俺は現在その充電から逃げているわけで、もうこれそよかぜステップ出来んじゃね?という速さで学校の屋上の給水塔に登って座り込んだ。座り込んだ瞬間どっと疲労感に呑まれた。



「う゛ー…走りながら叫んだからか…」



空を仰いで両手を顔に当てるとやっぱり熱い。やだなあ、俺こんなに影山のこと意識してんのかよ。何だか悔しい。どういうわけか悔しい。



「チクショー…」



俺は爪の伸びた手で頭を掻き毟った。どういうわけか俺は振り回され体質らしい。入部当初は何だかんだで霧野先輩に振り回されてたし(そう見えた人は殆どいないだろうな)、素を出し始めてからは天馬君とか西園君に引っ張られて振り回されてた。でも、やっぱりその中でも一段と振り回されたのは、影山だった。正に今現在そうだし。アイツはどれだけ俺を振り回して掻き乱せば気が済むんだろうか。俺は頭をガクリと下げて息を大きく吐いた。



「心臓いてぇ…」
「え、大丈夫?」
「大丈夫じゃね、ぇ…?」



返事が来た。それは誰かが給水塔に登ってきて俺の独り言を聞いていたわけで。視界には、葡萄色。つまりは



「う、うわああああああああああああああああ!?」
「はいマサキ君捕まえた!」



にぱっと邪気の無い、要は無邪気な笑顔を浮かべて影山は俺を抱き締めた。ひぃっ、とか細い声が転がり出た。俺の体が小刻みに小さく震えているのに気付いた影山がよしよしと背中を撫でてきた。こういうとこがあるから嫌いになれない。なりきれない。俺は何となく影山の背中に手を這わせた。
というか給水塔の上で抱き締め合う俺達って何なんだろう?
俺は段々いたたまれなくなってきて、腕の中でもぞもぞと身じろぐ。影山が不思議そうに首を傾けた。



「ん?苦しい?」
「…い、や、違くてさ……つか、影山もういいだろ?」
「えーまだ駄目だよ」



と、更にぎゅむっと抱き締められてしまった。しまった、墓穴を掘ったらしい。あー頭が混乱し始めてきたや。



「ふふふっマサキ君可愛い」
「……馬鹿じゃねえの…」
「だって凄く顔真っ赤なんだもん」



額にキスされてからやっと離された。影山はやっぱりさっきより生き生きと笑っていた。その元気を分けてほしい。こっちは一杯一杯なんだ。(でも言ったらまた元気分けてあげるー!なんて言って抱き締めてくるだろうから意地でも言わない)俺は逆上せたようになりながら影山を睨み付けた。



「もう、お前…恥ずかしいからやめろって!」
「慣れないとだーめ。というか僕二人きりのときくらい『輝』って呼ばれたいなあ」



輝はそう言って晴れやかな顔をして屋上を後にした。



「か、掻き乱すだけ掻き乱したら放置かよ…!」



心底そう思った。
畜生、また明日も逃げてやる。
















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