唐突だが言いたいこと、或いは定義しておきたいことが二つある。
まず一つに俺達は幼なじみであったが、何時の間にかその肩書きでは俺達の関係を説明することが出来なくなってしまったということ。二つ目に、霧野は居眠り常習犯で俺は思春期だということ。



「…またか」



やれやれと俺は息を吐いた。
小さい頃から霧野はよく寝る奴だった。幼稚園でも小学校でも一日に一回は居眠りをする。しかも爆睡。潔い睡眠だった。それは中学に上がってからも相変わらず健在していて、俺が容赦なく叩き起こしているうちにすっかり俺は『霧野を(叩き)起こす係』と位置付けられていた。霧野は俺にしか起こせなかったのだ。
俺はソロソロと非常階段の段差で眠る霧野の傍に寄った。どうやら快眠らしい。霧野はこうやって授業をサボることがあり、俺は毎回先生に呼んでくるように頼まれるのである。最初の頃は妙な脱力感を抱いて頼まれていたのだが、もうすっかり慣れて習慣化していった。まあ、小さい頃もそんなようなことを頼まれていたということもあって。
だが、現在俺は困っていた。というより参っていた。
今まではこんなこともなかったのに。



「…こんな無防備でいられると、困るんだが」



単刀直入に言えば、霧野と俺は付き合っていて恋人同士なのである。更に畳み掛けるならば俺は思春期で、その、好きな奴の無防備な姿というのは、目に毒だった。
霧野は格好いいだけじゃなくて凄く綺麗だ。ピンクの髪とスカイブルーの瞳がいつもキラキラと爛々と輝いている。どう視点を変えても綺麗だと思った。
俺はこの所為で霧野を起こすのが躊躇われた。今はあのスカイブルーは閉ざされているとはいえ、散らばったピンクや健康的な肌色が眩しい。俺はサラリサラリと指先をピンクに滑らせた。霧野は動かない。



「さらさら」



言葉が洩れた。どうしてだか霧野の寝姿を見ていると思考が重複してくるのだ。髪がサラサラだなとかいい匂いがしたなとか。そんなことばかりが脳内を蝕んでいくのだ。
ふと俺は霧野の唇に目がいった。ぷっくりとした桜色がチカチカとしているような錯覚を覚えた。嗚呼触れたい。詰りたい。その一心で、俺は少しだけ霧野に覆い被さる。ほんの、少しだけ。



(俺は何をしてるんだろう)



さっきから思っていたその言葉を一瞬だけ棄てて、俺は控えめに唇を押し付けた。そして直ぐ離す。至近距離で霧野の顔を見たわけだが、何だか自分が寝込みを襲う変態なように感じられてブワリと恥ずかしくなった。俺は自分の髪が乱れるのも構わず、弾かれたように霧野から離れて非常階段の扉のノブを掴んだ。ヒヤリとした。物理的にも、『感覚的にも』。



「ん、んー…あー…目覚めとしちゃあ悪くなかったぜ、神童」
「あ、」



起きた。霧野が。霧野蘭丸が、起きてしまった、起こしてしまった。またヒヤリとした。霧野は髪を掻きながらぼんやりと言った。



「やだなー、…神童ってば大胆だな。無防備な人間を好き勝手しちゃって、さあ。」



ぼんやりながらも意地悪そうに霧野が笑った。



「ち、違う!」
「まあまあ、そりゃ好きな人間が無抵抗なようにしてたら…、そうしたくもなるよ、なあ」
「…ぅ、だ、だから…うぅ…」



否定的になりきれなかった。無理もない。本来なら俺は此処で肯定的にならなければいけないのだから。霧野がゆらゆら立ち上がって、ゆらゆら俺に近付いてきた。俺の傍まで来ると、してやったりという顔をして囁いた。



「まあ、良い目覚めをありがとうな?」



チカチカとする唇が、俺の唇に強く押し付けられた。零れかけた言葉に蓋がされた。スルスルと霧野の舌の感触がして肩がビクンと揺れた。力無く俺の唇が開いて舌が入ってきた。ぴちゃりぴちゃりと水音が鼓膜を侵す。霧野の熱い舌に釣られるように、自分から舌を絡めたとき完全に喰われたなと思った。
唇を離す頃には俺は腰が抜けて座り込み、唇から混ざり合った唾液が伝っていた。何だか変な気分になってきていた。霧野を弱々しく見ると、また意地悪そうに言った。



「気持ちよかっただろ」



霧野は色っぽく舌なめずりした。
ぐるぐると思考が旋回する脳みそを余所に、俺はコクリと頷いた。
此処は思春期ということで大目に見てほしい。
















碧しき遥を引き裂いたら

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