ブツン。



またかと、俺は何ともいえない気分になった。
ケタケタ。直ぐ傍で少し可笑しな笑い声が聞こえた。俺は半分呆れながらその音源に顔を向けた。



「霧野先輩…その笑い方いい加減止めたらどうですか」
「え?ああ悪い、つい癖でな」



そう言いつつまたケタケタと、霧野先輩がピンクの髪を揺らして笑った。見た目は凄く絵になる光景なんだろうが、笑い方の所為で台無しになっていた。いや、少し目を瞑れば問題は無いのかもしれないが。



「いやーだって、剣城もそんな顔すんだなと思ってさ」



ケタケタが、クスクスに変わって霧野先輩はさっきより小さく笑った。この人はこれが誰の所為なのか分かってないのか。俺は切れた弦を撫でてから外しにかかった。



「先輩、」
「クス、なんだ?」
「また触ったんですか」
「まさか。前言われてから一度もやってない」
「…嘘ですね、さっきケースから出した時指紋付いてましたし」



溜め息を吐いて霧野先輩に視線を投げると、空色のツリ目を丸くして頬杖を外していた。それから暫くぽかんとしてから自分の指先を凝視した。



「あちゃー拭き忘れたか」
「いや、そういう問題じゃないと思うんですけど」
「俺バイオリン弾けないけど好きなんだよ」
「それ理由になってませんから」



外すついでに他の弦も点検を開始して、先輩に相槌(という名のツッコミ)をする。大分慣れたなと少し脱力した。



「というか指紋とかよく見えたな、バイオリンに付いた指紋とか分かんなくないか?」
「ああ、あれ嘘ですから」
「え゛」



あっけらかんと言うと、霧野先輩は不服そうに頬杖を付いた。それも止めた方がいいって何時も言ってるのに、相変わらず聞き入れていないらしい。



「っつーことは鎌掛けたのかよー」
「まあ先輩の爪が長かったってこともあったんですがね。この弦そろそろ切れそうでしたし、尖った爪で触れば、尚更ですよ」
「悪かったって」



弦を張り終えて俺は弦を指で弾く。綺麗で鋭利を帯びた音がした。少し安堵。



「剣城剣城、カノンやってくれよ」
「…次の課題曲カノンじゃないんですけど」
「ウォーミングアップも兼ねてさ?」
「………。」



音楽室の机特有の長い長い机に前のめりになって、首を傾けてピンク髪を揺らす。この人は自分が持っているものを有効活用してくるからよく俺の性質を抉ってくる。とても困った先輩だ。了解のサインはどうにも素直に出来なかったので、黙って俺は弓を本体の弦に触れさせて、弓を引いた。



弓を押して引いて弦を震わせる。そうやってバイオリンは音を紡ぎ出すわけだが、時々霧野先輩もそんな風にして音を出しているんじゃないのかと思う。ちらっと先輩を盗み見ると、見事に空色に引っかかった。



「剣城っていつも見てくるよな」
「…え、」
「あんなジーッと見てられれば流石に気付くよ」



勝ち誇ったように笑われた。悔しい。けどそれを言う勇気を、生憎俺は持ち合わせていない。弓を引く手がスローモーションのようになって、最後には止まった。



「…バイオリンを聴くのか俺に話しかけるのか、どっちかにしてください」
「じゃあバイオリン聴いてから剣城を口説くことにするよ」



ドキリとした。この人に俺は性質を抉られっぱなしだ。情けない。でも微かに嬉しかったりする。



(このままだと心臓も抉られるんじゃ)



霧野先輩が静止する俺に不思議そうに見て、早く聞かせて聴かせてというように瞳を光らせた。

早くも抉られ始めていた。
















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