美しいものや綺麗なものはどうしてか恐ろしかった。どうしてなのかは何時になっても分からなくて、ただ1つ分かるのは自分が『綺麗なもの』に対して閉塞感を抱くということだった。
だからこそ、俺は鋼と冷たい鉛で作られたこの学園にやってきたのかもしれない。きっとそうだと思った。



「お前はどうして俺が苦手なんだ」



そう告げたのはゴールキーパーの雅野だった。といっても今はユニフォームもグローブもしていない所為か、その紹介文はどうも頂けなかった。そう脳内で思考していても尚、雅野はパサリと上半身に纏った制服を脱いでまた聞いてきた。雅野からそれなりの距離を取っている筈なのに、ふわりと雅野の花みたいな匂いが漂ってきて少し焦った。



「確かにお前に突っかかることはあったけど、何も龍崎が怯えるようなことはしてないぜ?」
「怯えてるように見えたか」
「結構」



雅野は何だか納得出来ないとでも言うような表情を浮かべながら、制服の下に着ていた黒のタンクトップを何回か引っ張った。何だか煩わしそうだ。今現在の俺も十分煩わしいのだが、それは言わないでおく。
取り敢えず俺はこの状況を打破したかった。雅野を避ける理由はとても明確で別に説明出来ない訳ではない。ただ、『内容が内容』なもので非常に当人には言い難いものなのだ。俺は外していた視線を少しだけ雅野に向ける。



「別にお前が気に食わないというわけじゃない」
「ほーじゃあなんだ」



つい黙り込んでしまった。じっとりと黒真珠のような瞳を半月型にして、視線を向けられた。暫く見つめられてから、雅野が動いた。
パシンと乾いた音がして雅野が俺の腕を掴んだ。



「なっ、何処に…!?」
「秘密。ちょっとついて来い」



こいつはタンクトップのまま、俺はだらしなく制服の前が開いた状態でカツカツと無骨な廊下に足音を響かせた。まるで早送りで足が動いているような早足で雅野が歩く。俺が歩く。前々から知ってはいたが、雅野は行儀が良い方では無い。困惑しながらも呆れていた。特に雅野が何故か扉に謝ってから足で扉を開けたときには。扉が開いた途端、俺達の体を心地よい風が通り抜けていった。温かい空気と何かの芳香が香ってきて、俺の瞳をパチクリさせた。



「…何故、こんな所に、花畑が…?」
「なんか、教員の誰かが勝手に世話してんだってさ。よく分かんないけど元々この学園に植わってたらしい。」



そう言って腕を引かれた。花なんて、ましてや花畑なんて、俺の苦手対象で、間近で見たことなんて無かった。でも不思議と視線があちらこちらへ泳ぐことはなかった。恐る恐る雅野を見れば、とっくに振り返っていたらしく柔らかい表情で此方を見ていた。



「どうだ、少しはリラックスでも何でもしたろ?」
「…そう、だな」



そう言う雅野は普段見せる表情より遥かに柔らかい。どうやらこの花畑が余程好きなようだった。時々しゃがみ込んでは花に顔を寄せたり話し掛けたり。何だかまた不思議な気分になった。冷え切った氷が、徐々に溶かされていく。俺は呆けたように言った。



「…………此処の花はいいな」
「だろ」
「……、『威圧感を感じない』綺麗さがある」
「ん?」
「…俺は昔から『威圧感を孕んだ綺麗なもの』しか見たことがなくてな。綺麗なものが苦手だったんだ」
「威圧感ある綺麗ってどういうものだ?」
「感覚を、説明するとぞくっとする綺麗さ、といったところだな」



たどたどしく俺が目を向けると、雅野は案の定まだ納得していないようだった。それはそうだろう。なんせ俺はまだ質問に答えていないのだし。



「要約するとだな、自惚れていいってことだ」
「…馬鹿にも分かるように説明してくれよ」
「そうだな、馬鹿な子程可愛いといったところか」



雅野の沈黙で会話がうち止められた。それにより、やっと自分が饒舌になっていたことに気がついた。雅野はというと、しゃがみ込んでいた。頭まで手の平で覆って。丸くなる小動物のようだ。



「雅野?」
「つまり、」
「うん?」
「…自分で言わなくちゃいけないのか」
「ん?ああ、悪い。俺が言う。つまり、」



お前が『綺麗』だったから、視界に入れるのを躊躇っていただけだ。



気付けばそんな言葉が滑り落ちていて、慌てて雅野を見れば先程の丸まり様の三割り増しに更に縮こまっていた。



「……龍崎…」
「…うん?」
「お前…タラシなうえに馬鹿なのか……」
「………うん?」



弱々しいくぐもった声色で言われた。どうしたらいいのか分からなかった俺は雅野の髪に摘んだ花を挿してやった。雅野は吃驚したように赤味がかった顔を上げて、それから綺麗にはにかんだ。

しかし残念なことに俺がその言葉の意味を理解するのは、数ヶ月先の俺達が人目を盗んで手を繋げるようになった頃だった。
















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