俺達にはちょっとしたルールがある。『ルール』と一口に言ってもそんなに堅っ苦しいものでは無い。絶対に守らないといけないだとか破ると何か罰を受けるだとか、そんな縛りも無い。ただ自然と積み上がって、気付けば出来上がっていただけ。よくある話だ。

冷たい鉄製の扉の前で、素直に踵を潰しながらスニーカーに足を突っ込む。 踵を踏まずに爪先立ちで履くなんていう無理のあることはしない。まあ、狩屋はそれを器用にこなすわけだが。
無意識に下ろしっぱなしの髪を指を絡めた。多分これは狩屋の趣味というよりは興味なんだろうな。



「あ、剣城君だ」
「ん」



待ち合わせは狩屋の家の前だった。(家、というより施設に近い)狩屋が『注文』で…いや、これは違うか。



「剣城君だ剣城君だ、剣城君剣城君!」
「はいはい、ほら行くぞ」
「へーい」



癖っ毛のポニーテールをチョコチョコ揺らして狩屋が抱きついてきた。それを俺は何てこともないように受け流す。こういう場面にはポーカーフェイス様々だ。今じゃすっかり小花を振りまくような笑顔に俺の名前を連呼されるのは、もう習慣化した。(最初のうちはいちいち心中で悶絶していたとか、そんなことは無い。今も変わりないなんて事も無い。)



「ちゃーんと『注文』通りポニーテールしてきたぜ、感想は?」
「予想外に可愛い」
「髪下ろした剣城君も格好いいよ」



悪戯っぽく笑われた。

ルールというのは、このいかなるときに『相手に注文をし合う』というものだ。
詳細は簡単だ。単に相手に『こうして欲しい』『ああして欲しい』と言われたら応えてあげられるだけ応えて、そうしたなら今度は自分が注文(変換するなら要求)出来る。シンプルで有りがちなシステムである。そうしたシステムが特に活躍するのがデートだったりする。
絶賛デート中の俺達は、早々に相手の髪型についてシステムを利用しただけだった。
俺が髪を下ろして狩屋がポニーテールにしてくる。そんな注文をし合ったが、なかなかの破壊力だ。
ポーカーフェイスを繕ったまま、狩屋の尻尾をわし掴んだ。柔らかい。



「剣城君ー今日はどーっこ行っくのー?」
「狩屋マサキ君がだぁいすきなゲーセン」



不意打ちにまた抱きつかれて、そのまま滑るような感覚で手と手を絡ませられた。するすると俺のより少し小さい手が、絡んでいくのに顔が綻んだ。俺を引っ張っていく狩屋は気付いてないみたいだけれど。可愛い奴。





「………剣城くーん」
「ん。はい、何だ狩屋?」
「注文、あのにゃんこ取って」



狩屋の口から出たにゃんこの言葉に気持ちが綻んだとか、そんなことは無い無い。
どうやらクレーンゲームの景品のぬいぐるみが取れないらしい。プラスチックの囲いの前で拗ねたように突っ立っている。諦めたくはないようだ。



「んにー」
「ちょっとそこ変われ、ただ、取れるかは分からないぞ」



つくづく俺は狩屋に甘い。





「えっそれどうしたのさ」
「にゃんこのついでに取れた」



人差し指と親指に挟まれたそれを、ずいっとにゃんこを抱いてる狩屋の眼前に突き出した。あ、若干不服そう。意図が分かったらしい。



「俺からの注文、今日一日はこれ付けてろ」
「…良かったよ、ピンクとかじゃなくて。これシュシュとか言う奴だっけ」



黄色のチェック柄のそれを付けた狩屋への感想は、ここでは割愛しておく。





狩屋の小さい手が、ひたりとプラスチック(多分違う)容器を包んだ。それからずるると容器の中身を吸う拙い音がする。



「…何だよ、どーせまた餓鬼だとか思ったんだろ」
「かもな。」
「ちぇー」
「はい、また注文。一口寄越せ」
「…悔しいから同じことをそのまま注文する」



俺の中身はキャラメルマキアートでは無いのだが、果たして飲めるのか。そんな心配は見事にビンゴして、気付けば狩屋は苦味に悶えていた。



「いつもコーヒーしか頼まないの知ってるだろ」
「…馬鹿だと思ってる」







「さぁて、別れ際に注文です」
「何だ?」
「キスでリードしたい」



おや、と思った。今日初めて俺は注文を渋る。証拠に自分の顔が思考について行かないで顰めっ面になった。(と思う)



「え、そんなに嫌?」
「嫌じゃないが…渋るところだな」
「何何、プライドってやつー?」



あざとい上目遣いを見つめながらポッカリと浮かぶ。そう言えば狩屋はいい子な方じゃなかったな、なんて思い出したときには事が終了していた。リップノイズも無かった。
ホント少し触れるだけ、重ねるだけだった。




「もーらい」
「……可愛いな、お前」
「えっそれ馬鹿にしてない?!」



そうじゃなくて、『注文したら今度は相手の注文を受ける』っつールールを忘れてる辺り、とか。
でもムキになってる狩屋も可愛い。



「じゃあ狩屋、俺からも別れ際の注文」



口開けろ。
狩屋の顔が爆発したように赤色に染まった。
この様子だと悪態がよく零れ出す生意気な口が恥じらわれながら開くのは、時間の問題だろうな。














注文の多いハニーダーリン

虎子様へ捧ぐ相互文章
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