「霧野先輩、それじゃ何も変われないよ」



ポッカリと浮かぶ霧野先輩の、あの人の良さそうな、ペルソナの笑みが消えた。俺の発言は先輩の切れず剥けて落ちていく林檎の皮を切った。正に皮切りだ。強ち比喩でもない。



「何だよ、狩屋、何言ってるんだ?」



すっとぼけてるや、この先輩。分かってるクセに、もう嫌だって思ってるクセに。
俺は試しに先輩に近付くと先輩は後退る。きゅっと床のリノリウムが悲鳴を上げる。
そっかそっか、お前達も痛いのな。



「先輩、そんな中身なんかありゃしない顔して楽しいわけ?何が愉快なわけ?」
「お前なんかに言われたくないな」
「違う、そういう話をしてるんじゃないんです。あんたをそうさせる動機の話がしたいんですよ」



霧野先輩は空っぽのスカイブルーを丸くして、引きつったように此方を見ている。これで誤魔化そうだなんてらしくない。やるならもっと上手くやれるだろうにと思った。
汲み取れば、もうそんな余裕も無いくらいになってるってことなんだろう。



「…お前は何が言いたいんだ?」



霧野先輩の手元の重々しい鋼が光る。縋るみたいに触れる先輩の手がその表面を摩擦する。きゅっと、また悲鳴が聞こえた。



「あのね先輩、普通は『そんな危なっかしい物なんて携帯してない』んですよ」
「危なっかしい物?」



俺は甘んじながら(今回だけの大サービスだ)指さしてやった。
想定内、『銃口』が俺を視界に入れた。そうさせたのは目の前で今にも崩れそうなあのムカつくピンクツインテールだった。今更ここで説明或いは補足する必要なんざありはしないと思うけど。



「止めてくれ」



言葉と合致しない縋る声。寄りかかる場所を欲しがる声で、先輩は言う。



「…手遅れになるよ」
「もういい、放っておけよ…もう、干渉するな…」



俺は一歩歩み寄ると後退る代わりに、パァンと被弾音が此方に飛んだ。
カランと、先輩の足元にも役目を終えた弾丸が飛んだ。



「ハズしましたね」
「…っ!…違う、違う違う…!」



また近付くとまた被弾音が飛ぶ。連射された弾は互いに交錯して、俺の後ろの壁に突き刺さる。一向に俺に当たらない。『撃つ気がない。』
無駄に死んでいく弾丸がカラカラ霧野先輩の足元に散らばるだけだった。



「そうやって繕ってそんな機関銃なんか持ち歩いてる自分に何も思わないわけ!」



叫ぶと、苦しそうに笑った霧野先輩の片目の空が、泣いた。



「止めろって言っただろう!もう俺を壊そうとするな!!」
「違う!俺は先輩の『壁』を壊すだけだ!!」



気付けば距離は3mくらいに縮んでいた。カタカタとガタガタと、先輩も機関銃も震えてた。



「傷つけられるわけない、あんたはその痛みを重々に知ってる」
「……、………っ」
「そんなもの、ただの護身用だろ」
「……」
「あんたは痛みから逃げた。自分がもう傷付かないように、気さくなようにいい人みたいに振る舞って自分を護った。…そうですよね」



ボロボロと、先輩は涙をそのままにして泣く。
ボロボロビー玉みたいな水が頬を濡らして、自分の悲しさを追いやるように俺を無理矢理視界に入れていた。



「……笑わずに聞けよ」



前置きが聞こえる。



「どうしてなのか、よく…分からない。でも、周りの奴らが、…得体の知れない性質が、怖い」
「本当に、……説明出来ないんだ…でも、…ぶつかるのが怖いんだ。人間は、俺は、痛みに弱いんだ…」



冷たい筈の機関銃を抱き締めて先輩は言い捨てた。戯れ言なんだと表明した。



「裏切られるのは痛い、嘘を吐かれるのも痛い、喧嘩するのも頼られないのも、痛い」



俺は暫くそれを黙って聞いていた。成る程、どうしてこの人に惹かれるのかよく分からなかったけどそういうことなのか。
納得。
俺は霧野先輩の機関銃の銃口を自分に向けて、見開く先輩の目の前で指を借りて引き金を引いた。

バァン!



「……お、まえ…」
「これで俺は先輩の『痛み』を知った」
「…痛くないのか…?」
「痛いよ、けど受けなくちゃ分かれないし」



鮮やかなピンク色は絶句して、とうとう何も言えなくなったらしい。
そのまま力まで抜けた手から機関銃が耳障りに滑り落ちた。床に接すると、その衝撃に負けてバラバラとただのガラクタに成り下がってしまった。先輩は表情を変えないまま、そのガラクタを見つめていた。



「…丁度いいや、あんたが生きてくのにもうそんな武器はいらないですよね」



先輩は否定しなかった。ただ曇りの無い空を俺に向けている。俺は見つめ返す。視線は俺に注がれ、それをまた俺が先輩に注ぎ返す。
繰り返しの事だった。



「ほら、還ろう。霧野先輩」



最後の雨が降り切ったようで、困ったようにまだ少し苦しそうに軽く笑った先輩が眼前に在った。



「疲れたよ、狩屋」
「疲れましたね」














何にも言えないアリアがいたとさ

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