生きとし生けるもの、息をするものは命においては平等だ。能力では平等でなくても寿命は平等でなくとも、生きているという定義は平等で平行線を辿る。
命は海で生まれ森で生まれた。ならば、俺は、何から生まれたのだろう。思い出せない。嗚呼何か俺は忘れているようだ。それともただ盲目になっているだけか。

ぐらりと故意に後ろに体を倒した。重なり身を寄せ合う草花がクッションになって僅かな痛みも無い。新たに芽吹いた草花が俺に擦り寄るかのように仰向けの俺の周囲に蔓延った。
空を見ても何も出てこない。無理もない、少なくとも自分は空から生まれたわけは無いだろう。



(おや、君こんな所にいたのかい?)



何かの声が聞こえる。特に驚きはしない。但し警戒はする。



(貴様は誰だ)



鋭利な返事を返すとその存在は可笑しそうに霞みそうに笑った。(顔など見えているわけでは無いがそんな確信がある。)
ただ、頭に聞こえるこの声の所有者はきっと人間では無い。それははっきりと分かった。



(そんなに怒らないでよ、僕が君に勝てないように君は僕に勝てないんだから)
(聞き捨てならないな。それはどういうことだ)



ざわりと森が揺れた。いや違う、誰かに揺さぶられた。嫌な、しかし自分には、この世界にはなくてならないような、妙な懐かしさが過ぎった。



(あれ、ホントに僕のこと分からないの?まあ無理もないかな。ああ、でも僕今は少し動けないんだ。白竜、こっち来てよ)



狂ったラジオの雑音にかき消されるように声が消えた。よくは分からないが、声が指し示す場所が、道が見えた。
この懐古は何なんだ。











「やあ、帰ってきてたんだね」



対面して直ぐに思ったのは



(どうして忘れていたんだ)



の一言に尽きた。
対面は瞬間に『再会』に姿を変える。
静かな闇を揺らしたシュウは、朽ち果てた植物と共に森の奥深くで俺に微笑を向けた。



「やっぱり僕らは何か縁があるのかもしれないな」
「…シュウ…それは…」
「…ああ、『これ』、ね」



きっと過去には『これ』と言われるものでは無かった存在に、シュウは静かに一瞥する。慣れたように一瞥したからこれもこいつの性なのかと心臓を気味悪く掴まれた気になった。



「言っておくけど僕が殺したんじゃないよ、そろそろ寿命だったのさ」
「…寿命」
「『僕ら』には縁の無い言葉だけどね」



恐らく冷たいであろうシュウの手が、これまた冷たく硬い肉体に置かれた。それは誰に影響するわけでもなく激しさを感じるようなものでもなく、小さな死だった。
俺は近付けない。
その死を、否定することは出来ない。



「でも、僕が殺したようなものだよね。僕自身が、そんなものなんだし」



枯れた植物と朽ちた白い体毛に包まれた肉体を一瞥して、俺に儚く笑う。シュウには不思議とこんな表情が似合ってしまっていて、シュウ自身もそれには諦めていた。
俺は機能を忘れかけていた口で言った。



「お前は淘汰したんだ。」
「綺麗に言えば、ね」
「世界は淘汰してこそ廻るんだ、お前は必要なものだ」



儚さは消えない。霞みもしない。維持を続けながら俺の側に寄った。纏われた時間の重みが俺を責める。



「…ありがとう」



濡れた声が俯いた存在から落ちた。俺が歩み寄ると植物の芽吹く亀裂音が耳に障った。ゆらゆらと歩み寄るシュウの足元からは、植物が重く枯れていく。
俺達の性は、何時でも牙をちらつかせた。



「…何となく、君が戻ってきた理由が分かるんだ」
「ああ」
「いいの、時間が重くなるよ」
「俺がそんな生半可な気持ちで今此処にいるとでも言うのか?」
「……記憶があやふやだったじゃないか」
「…今こうして思い出せている、本能は忘れていなかった、…それでは不満か」



とうとう手が伸びて、俺達の体という器が身を寄せ合った。抱きしめ合うと探していたピースが見つかったときと同じように、よく、馴染んだ。



「嘘、不満なんかじゃない。君が此処に在るだけで、十分だよ」
「…忘れたのか?生に死が寄り添うのと同等に、死にも生が寄り添うんだ」
「…うん、忘れてた」



おどけたシュウは笑った。そこに儚さは無い。
そう、そうなのだ。俺達は、二つは傍に在らなくてはいけない。『死』は単体ではないのだから、『生』も単体であれないのだ。

俺はシュウの口元を手で塞いでそこに唇を落とした。この隔たりは未来永劫として外れないのが、実に残念だ。














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