「狩屋」




人間のありとあらゆる機能を遮断する。そんなの、やろうとすればどうだって出来る。



「狩屋、見てみろよ」



だからってこうまでするって、お前の願いは何なんだ?何が欲しくて何がいらないんだ?俺も所詮他人だから分からないんだ。少しでいいから俺にも見せてくれないか、お前が見ている万物を、世界を。



(なんて、な。)



全部忘れてくれ。お前は何も聞いてない。
そうか、最初から聞こえているのかいないのか、それさえ分からないんだったな。



「ほら、星だ」



狩屋の動かす気力もないような固まった手を繋いで立ち止まった。釣られて狩屋もたどたどしく立ち止まる。歩きたくない、遠回しにそう訴えているような足取り。俺は気にしない。狩屋はカクッと上を向く。気にせず言葉を投げる。



「あれは北斗七星っていう星なんだ。ポラリスとも言ったか、星の中で唯一動かない星。まだ明るいけど…結構見えるもんなんだな」



狩屋を見る。まだ上を向いている。こちらには気付かない。まあ無理もない。見ることを『放棄してる』んだから。
狩屋はぐいっとアイマスクの端を掴んだ。ああ、そういうことは分かるんだ。此方を一向に見てくれやしないのに。放棄しているのに、放棄しきれないのか。それは仕方ない、人間だから完璧な放棄は出来ない。



「お前確か星、好きだったよな」



また手を繋いで歩いて、話し掛ける。言葉で世界を触らせて、見せて教える。今まで沢山のものを教えてきたような気がする。恋、レトロ、桜の花だとか蟻だとかいったものとか。勿論反応は大体無い。首が時々カクカクと上下するだけだ。意外と虚しくはない。

視界を遮断した狩屋の足が、咲き始めたばかりであろうスミレを掠ると、今度は狩屋から立ち止まる。やっぱりその状態だと感覚が研ぎ澄まされるのだろうか。



「大丈夫だよ、踏んでないから」
「………、」



クパクパと狩屋の生意気『だった』口を覆った罰印のマスクが動く。残念、無音で何かを言っているようだけど見えない。
窺わせてくれない。
ただ棒立ちになって、何となくスミレがある一点の辺りに顔を向けている。その顔は機能を放棄していない箇所の方が少ない。



「その花な、最近咲き始めたんだぜ。スミレっていうんだ」
「……、」
「野生のは結構小さいんだよなあ。三色スミレとかはデカいのになあ」



また引くように固まった手を引き連れる。いつものことだが足取りは合わない。狩屋はいつからこんなにも歩くのが遅くなったんだろう。ああ、まだそんなに古くもないな。
機能を放棄すると同時に自然と感情を出すことも放棄した狩屋の、耳元を覆う蛍光ピンクのヘッドホンからグラグラ同色のコードが不安定に揺れている。世界の音と万物が織り成す音を、音楽を言葉を無にする為に付けているんだよな。
なあ狩屋、お前がホントにいらないものって『それ』なのか?
こういった羅列は言わないことにしている。無にされてしまうからってのもそうだが、それより『強制しないように強制しないようにしているため』っていうのでもある。何故って、ただでさえ機能を『強制されている』のに重ねては非道だろうが。



「…なあ狩屋」
「……」



グワンとコードが浮いて狩屋のまだ強制されていない首が此方に回る。



「俺がお前に抱いてる感情はな」



息が浮ついて呑まれる音が聞こえたが、俺は一瞬だけ聴覚を強制して放棄させた。



「独占っていう言葉と、愛って言葉がよく似合う感情なんだ」



俺はヘッドホンに挿さるコードを乱暴に引っ張ると、目なんか見なくても唇なんか見なくても、そこには絶望が浮かんでヘッドホンを押さえ込んだ。
ビン、とコードが張る。



「…俺は、自分で自分をなかなか物を知ってると自負してるよ」
「でも狩屋、お前が考えてることだとか好きなものとか嫌いなものとか」
「お前のことは、知らないことだらけだ」



絶望が色を変えてくる。ズルズルと、今まで見え隠れしていた脅威が引きずり出されたようにぎこちなく後退りされた。
それから無理矢理絞り出そうとされた母音が覆われた唇から紡がれる。俺は久しぶりに聴く音に目を見開いた。



「…も、……やめ、……」
「何だよ、何?何がいらないんだ狩屋」



ビクリと。ゆらゆらゆらゆらとコードが狩屋の胸に戻っていく。するとスイッチでも切り替えたような口調が、俺を。



「……『こうなった』今でも先輩が好きで、す、でも」


「先輩が可笑しくなっていくのを、見たいとも聞きたいとも話したいとも、思わない、」



可笑しいなあ。またそんな似たような話か?だから、前にも『教えて』やったろ?
『愛があるならそれでいいんだよ。』



「…俺の世界を奪えて満足ですか?」
「大満足だね」



満面の笑顔で言ってやった。
酷い砂嵐の音漏れを繰り出すヘッドホンを撫でて、優しく優しく抱き締めるとポツリと殺してくれよとお願いされた。何でも俺が誰かを殺しかけるのを見たくないらしい。

いくら狩屋のお願いでも、それは聞けない。














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慧鞠様へ捧ぐ相互文章
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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